影と日の恋綴り | ナノ
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 暗闇に現る鬼

新しい屯所の広間は、その名に相応しく、とにかく広い。隊士が全員集合しても十分な余分を取れる、端まで声が届くか心配になるほどの広さ。そんな広々とした空間に、朗々たる近藤局長の声が響き渡った。

「皆も、十四代将軍・徳川家茂公が上洛されるという話は、聞き及んでいると思う。その上洛に伴い、公が二条城に入られるまで、新選組総力をもって、警護の任に当たるべし…、との要請を受けた!」
「!」

将軍の警護を新選組が請け負った。それは、すごい名誉な事でもあった。
事態を理解した隊士達が歓声を上げる。土方さんも満足気のようで、口角を上げていた。口は素直じゃないけれど。沖田さんも冗談めかした言葉を紡ぐほどで、とても嬉しいようだ。
そんな中、ぽつりと参謀である伊東さんが呟いた。

「上洛の警護とはまた。もしも山南さんが生きていれば……。本当に惜しい人を亡くしましたねぇ……」

伊東さんは山南さんが生きているのは知らない。知っているのは、幹部を含むごく一部の人間のみ。伊東さんの言葉に、事実を隠している事が後ろめたいのか近藤さんは苦い顔を見せながら口を開いた。

「ともあれ、これから忙しくなる。まずは隊士の編成を考えねばなるまいな。そうだな、俺とトシ、総司…」
「っと悪い、近藤さん。総司は今回、外してやってくれねぇか。風邪気味みてぇだからな」
「む……そうなのか?総司、大丈夫か?」

心配そうに声をかけた近藤さんに対して、沖田さんは苦笑を浮かべ肩を竦めた。

「自分では別に問題ないと思うんですけどね。土方さんは大げさすぎるから」
「問題ない、じゃねぇよ。さっきも咳してただろうが」
「………」
「……やれやれ。土方さんは過保護すぎるんですよ」

そう軽い言い合いをしているけれど、あたしは気付いている。分かっている。彼のそれが、風邪じゃないことを。今回は、素直に屯所で待機してほしい。
すると、平助もまた手を上げて今回の任に外させて欲しいと名乗り出たのだ。晴れ舞台に全員揃って将軍を迎えたかった近藤さんとしては残念なことだ。千鶴も不安そうに平助を見ていて、その視線と合わさないように平助は俯いていた。
すると、土方さんがあたしと千鶴のもとへ歩み寄り、口を開いた。

「で、おまえらはどうすんだ?」
「……はい?」
「…、……参加しても、よろしいのですか?」

あまりにも意外な彼からの問いに、あたしも千鶴も目を瞬いた。助けを求めるかのように千鶴が近藤さんに視線を投げると、彼は満面の笑みで参加してくれと言ってくれた。躊躇うあたし達に、不参加組の二人が声をかける。

「まぁ、身の心配はないと思うよ。将軍を狙う不届きな輩はそうはいないから」
「行ってみるのもいいんじゃねーの?斬った張ったの騒ぎにはならないだろうし」

二人が参加しないのに、と悩んでいた千鶴だったが、その二人から背中を押されたため、力強く頷いて参加する意思を述べた。続いてあたしに向けられる土方さんの視線。こいつが来るならお前も行くよな、とでも言いたげなその視線に、あたしはどうしようかと悩む。すると、様子を見ていた左之助さんが口を開けた。

「お前も参加しようぜ、緋真。そうそうない機会だし、もしかしたら何か思い出すきっかけがあるかもしれねーよ?」
「………」

柔らかな笑みを浮かべて誘った左之助さん。きっかけも何も、記憶は失っていないんだけど…そんな事を言えるはずもない。ちらり、と他の隊士を見ると、奥沢さんと目が合った。
行きましょう。
確かに、彼は口パクでそう言った。どうして彼が、と驚き目を丸くしたけれど、一隊士である彼にもそう言われたなら、文句もなにも言われないだろう。

「……分かりました。お手伝い、させていただきます」

そう言って、あたしと千鶴の同行は許可された。けれど、そんなあたし達に返されたのは、鬼副長である土方さんの冷徹な一言だった。

「ま、おまえらにやってもらうことは伝令とか、主に使いっ走りだがな。……覚悟しとけ」
「流石鬼副長。言うことが違いますね」
「ンだと」
「せ、精一杯頑張らせていただきます!!」



右から左へ。左から右へ。
夜闇の中を二つの足音が響き渡る。
伝令役として今回の護衛に参加したあたし達は、土方さんの言う通り、使いっ走りにされていた。千鶴はふだん運動をしていないためか、足が攣りかけていた。

「少し休憩しましょう」
「うう……ごめんなさい…」

いったん休憩、と門から少し離れた場所で足を休ませる。ふと、千鶴がそびえ立つ城を見上げていた。あたしもつられるようにして、城を見た。
徳川初期の頃より、将軍上洛の際に宿舎の役割を果たすために作られた二条の城。史実ではその通りだけれど、あたしの世界では思念の城でもあり、第一の封印場所でもある。この時代の二条城を見れるとは思わなかった。
将軍の身に何事もなく、ここまで辿り着いたのが先刻。道中警護から、そのまま城周辺の警護にまわり一刻あまり。新選組の長はお偉い大名と挨拶をしているだろう。

「もう少し、頑張ろうね」
「はいっ」

再び伝令役として駆け出す。二条城の周囲に咲く、浅葱色の羽織がそこかしこに見えた。今、警護にあたっている隊士の様子からそこまで緊張した感じは見られなかった。
まぁ、厳重な警護の中、将軍を狙う輩はいないだろう。
そう思って、ふぅと息を吐いた時だった。

「!」
「っ!!」

背筋にぞくりと走った、冷ややかな何か。
殺気。
千鶴も感じ取ったそれ。その出所を辿ってみれば、人目も届かない城の陰。篝火は遠く、月光の手も触れるぎりぎりの縁。
そこに奴等は立っていた。

「千鶴、下がりなさい」
「っ、お姉様……」
「何者かしら、あなたたちは」

千鶴を隠すように後ろに置いて、あたしは彼らに問う。その一人は、見覚えのある者だった。

「気付いたか。さほど鈍いという訳でも無さそうだな」
「…こんなところで、一体何の用かしら?」

一人だけじゃない。
全員、見覚えがあった。

「(金髪の男は風間千景。体格がいいのは、天霧九寿。色黒の男は、不知火匡)」

過去に新選組の前に立ち塞がった、薩摩や長州と関係があるらしい三人。
あたしが気付かないはずがなかった。
彼らは見た目人間の姿をしているが、纏う気は違う。

「(鬼……)」

紛い物のではない、れっきとした鬼の妖気だった。

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