影と日の恋綴り | ナノ
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 平穏な日

西本願寺に屯所を移転してはや三ヵ月が経とうとしていた。此処での生活にもだいぶ慣れ、千鶴は迷子になることもなくなるほどだ。
千鶴と共に境内の裏手へ向かうと、薄暗い一角に腰かけた人の姿。その姿を目に映した千鶴は、声を上げた。

「山南さん。食事の準備ができました」
「ああ、君たちでしたか。ありがとう」

変若水を飲んで、世間的には死んだことになった山南さん。あの一件から、もう三ヵ月が経ったのだとしみじみ思わせるものだ。
境内の片隅で微笑む山南さんは見る限り元気そうではあった。千鶴が無意識なのか、風が暖かくなってきたと口にした。

「ええ。……まあ、今の私には風邪より陽射しの強さのほうが癪に障りますがね」
「…やっぱり、日中はしんどいのですか?」
「少々。これからは夏の時期ですし、これで弱音を吐くわけにはいきませんが…」

人外の存在に姿を変えてしまった山南さんは、昼の活動に支障が出るようになった。身体はだるく、動くこともままならないようだ。一方で、夜間は彼と同じ存在となった隊士を率いて巡察を行っているらしい。土方さんが苦々しい表情でそう呟いたのを覚えている。

「………」

穏やかな表情を浮かべている今の山南さん。薬を飲んだことは、良い事なのか分からない。けれど、これから彼は再び薬で苦しむのは確かだ。
美味しい話には裏があるのはいつでもどこでも同じなんだから。
その時だった。

「!」
「…!」

少し陽は傾いて、一瞬だけ山南さんの髪に陽光が触れた。光の悪戯だろうか。刹那、山南さんの髪が白く見えた。思わず顔が強張ってしまった。

「どうかしましたか?幽霊でも見るような目で人を見るのは、礼儀上、あまり良いこととも思えませんが」
「……微笑んでる山南さんが珍しいから、思わず驚いただけですよ」
「おや、本当に失礼ですね」
「ふふ、ごめんなさい」

千鶴が何か言おうとしたのを塞ぐように、あたしは山南さんにそう言った。千鶴の様子に何か言うつもりはなかったようで、あたしの言葉に山南さんはくすり、と微笑を浮かべたのだった。そしてしばらく山南さんと談笑してから、あたし達はその場を後にした。

「……緋真姉さん」
「大丈夫よ」

勝手場へ戻ったあたしに若干震えた声で呼んだ千鶴。あの日のことを詳しくは知らないけれど、同じ存在に襲われかけたことのある千鶴。恐怖を感じたのだろう。
安心させるように、彼女の頭に手を置いてふわりと笑ってみせた。

「彼は、大丈夫」
「……はいっ」

落ち着いた千鶴も、にっこりと笑い返してくれた。
あ、そういえば。西本願寺に移転してしばらく経った頃、江戸に行っていた平助が帰京した。長い間見ていなかったけど、あまり成長していないように見えたのは少し安心感を抱かせるものだった。こんなこと、平助には言えないけど。

「あ、そうだ。緋真」
「んー?」

洗濯物を干している時、ちょうど廊下を歩いていた平助が何か思い出してあたしを呼んだ。ぱん、と一度伸ばして物干し竿に掛けたところで振り返る。

「どうかしたの、平助」
「あー、あのな…」
「?」

ちょいちょい、と手招きされて彼に歩み寄る。外にいるあたしと廊下にいる彼は高さもあって、見上げる形となった。平助は周りを見て、誰もいないのを確認して内緒話をするようにあたしに言った。

「土方さんに頼まれてたんだけどよ」
「え、うん…」
「千鶴の親父さんの事を調べるのと一緒に、お前のほうのことも調べてみたんだ」
「……え?」

傾けていた耳を離して、平助を見た。私の目が冗談でしょ、と疑っていたのだろう。一つ頷いて、もう一度口を開けた。

「奴良って名字の家は、あー…、色々役人の人とかにも聞いたんだけど……」
「………」

言葉を濁すということは、無かったということだろう。土方さんから、あたしは江戸に住んでいたと聞かされていたはず。だから、江戸に行ったついでに調べてくれたようだ。
まるで自分のように肩を落とす平助。あたしの見間違いか、しゅんと項垂れている犬の耳が見えた。気のせいだと分かった上で、あたしはそっと平助の頭に手を置いた。

「気にしないで。むしろ、調べてくれてありがとう。……長旅、本当にご苦労様」

帰って来た日に言ったけど、こうしてあたしや千鶴のことも気にかけて立ち寄ってくれた事は本当に嬉しかった。優しい手つきで頭を撫でれば、一瞬目を丸くし、そして目尻を和らげた平助。

「これくらい、どーってことねーよ!」

ニッ、と太陽のような笑みを浮かべた彼に、あたしもふわりと笑ってみせた。

「そういえば、これから千鶴と一緒に巡察なんでしょう?千鶴を危ない目に遭わせないようにね」
「分ぁーってるって!ったく、心配性だなぁ」

今度は呆れた視線を向けられた。しょうがないじゃない、可愛い妹なんだから。そう言えば、はいはいそーですか。と流すような言葉を向けられた。

「あ、でも。平助も気をつけるのよ」

あたしが大切だと思ってるのは、何も千鶴だけじゃないんだから。
まさか自分も心配されるとは思っていなかったのか、平助は目を点にしていた。失礼にもほどがある。思わずデコピンをしてしまったあたしは悪くない。
その日の晩、食事の支度をしている時、千鶴が思い出したようにあたしに話をしてくれた。なんでも、巡察の時に一人の若い女性に会ったそうだ。浪士に絡まれているところを沖田さんが助けたのだが、その女性が自分と瓜二つかと思うくらい似ていると。

「すごい偶然ですよね」
「そうねぇ。でも、世の中には同じ顔の人間が三人いるといわれてるから、どうなのかしら」
「えぇ!?そうなのですか…!?」

驚き、鵜呑みにする千鶴に笑う。すぐ信じちゃうのは、彼女の美点ね。可愛らしいなぁ、なんて思いながらあたしは手を止めずに言った。

「まぁ、なにはともあれ。千鶴が無事みたいで良かったわ」
「お姉様……」
「怪我してたら、あたし、沖田さんや平助に怒ったかもしれないんだから」
「そ、そこまでですか…!?」

冗談にも聞こえないようで、あわあわとふためいた千鶴。ふふ、と笑みを漏らしてあたしは切り終えた食材を鍋の中に入れた。

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