影と日の恋綴り | ナノ
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 願わくは

伏見稲荷神社を後にして、第七の封印・柱離宮、第六の封印・龍安寺、第五の封印・清水寺を廻った結果、どの封印場所にも封印の杭は存在し、妖怪を「栓」にしてあった。
あたしの世界と同じだった。
その翌日、非番ではなくなった左之助さんの代わりに土方さんと共に、残りの第三の封印・鹿苑寺、第二の封印の相国寺、そして第一の封印・二条城を廻った。二条城は幕府の上洛のために入れなかったけど、遠くからでも感じることが出来た。
地下に京の怨念が渦巻いているものが。

「……」
「…確認は出来たのか」
「……、はい」

じっとあたしを見ていた土方さんが見計らって声を掛けた。それに間があきつつ頷けば「屯所に戻るぞ」と踵を返された。彼もまだ仕事は残っている。貴重な時間を頂いたため、特に何も言うつもりはなかった。

「同行してくださりありがとうございました」
「気にすんな。お前のためでもある」

そう言ってくれるだけ有り難かった。小さく息を吐いて、あたしは前を見た。禁門の変があってから、少しだけ、ううん、少しずつ変わっていっている京の都。いや、京だけじゃない。新しい時代の息吹がか細くだけど吹きこみつつあるのは、この国だ。
無意識に手に力が入ってしまった。

「……この世界は、完全にあたしの世界と別とは言えないかもしれません」
「?どういう事だ」

視線をこちらに寄越さないまま、土方さんは訊ねた。はっきりとしたことは分からないけど、あたしの推測でしかないが、聞いてもらうしかなかった。

「あたしの世界には、“新撰組”の存在はありません。たとえ、密旨が隠し通せていたとしても、未来は文献が一つでも存在していたら世間に知られます」
「……だが、俺達は江戸に奴良組っつー妖怪任侠一家なんて聞いたことがねぇ」
「はい。この二つだと、あたしが住んでいる世界とこの世界は平行で、決して交じり合うことはないはずです。…ですが、この世界に慶長の封印が存在しているということは、この世界の未来があたしの世界である可能性がないとはいえなくなりました」
「?待て。お前のいうその封印とやらは、完全に妖怪を遮断するもんじゃねーのか」
「そのはずです」

そう。それが、問題なのだ。
池田屋事件以降、土方さんもしくは近藤さんが夜間の巡察に同行し、京に巣食う妖怪を倒してきてきた。生き胆信仰も存在していた。だからこそ、この世界は別世界だと思っていた。なのに、それなのに…。

「完璧であり最強の結界は、全くの効果を得ていない。……平行だと思っていたはずの前提が決壊され、かつ、この世界の未来があたしの世界という可能性もなくなりました」
「……どうなってやがんだ」

あまりにも前途多難過ぎるものだった。まるでちぐはぐに入り混じっている世界だ。そっちのほうがまだ信じてしまうものだ。混合しているから、慶長の封印はあるというのに妖怪は入れて、そして奴良組や花開院家は存在していない。
あたしが、元の世界に帰る方法が本当に分からなくなってしまったのだった。

「……奴良」
「はい」

沈んだ顔をしていたのに気付いた土方さんが呼ぶ。どうしたらいいのか分からなくて、路頭に迷いこみかけるあたしに、土方さんは言った。

「今すぐお前を追いだすつもりはねぇ」
「…え……?」

足が止まった。土方さんも、あたしが歩くのをやめてから二、三歩ほど進んでから立ちどまった。そして振り返って、あたしを見た。

「俺だってそこまで非情じゃねぇ。この先、時代がどう変動するか分からねぇが、お前が元の世界に戻る方法見つけるまで…お前は、新選組の預かりとする」
「っ……」

その言葉がどれだけ嬉しいのか、貴方は分かっているのだろうか。ぐしゃり、と自分の顔が泣きそうに歪んだのが分かった。
きっと戻れる。戻れた時どんな状態だろうが、ちゃんとみんなのもとに帰れる。お父さんやリクオ、お母さんとまた一緒に過ごすはずだから。そうやって、時が過ぎようとも頑張って過ごしてきた。
でも、今、目の前が真っ暗だ。何処へ行けばいいのか分からない。どうやって元の世界に戻れるのかが、分からない。もしかしたら、もう戻れないのかもしれない。
やだよ。帰りたい。皆とまだこれから一緒に過ごしたい。でも帰れない。どうしやらいいの。あたしはこのまま、時の流れに身を任せるのだろうか。途方もないそんな不安が、恐怖があたしを駆り立てる。
だからこそ、土方さんの言葉が嬉しかった。

「…土方、さん」
「なんだよ」
「…ぁ、……ありがとう、ございます…」

泣くのを必死に堪えて、あたしは震える声で彼にお礼を言ったのだった。
これから先、時代は大きく変動する。目まぐるしいほどに。彼らが守るべきものは無くなっていき、彼らはこれから苦しい思いをする。その中、あたしは何をしているのだろうか。恩を仇で返しているかもしれない。彼らの行く末を見届けているかもしれない。もしかしたら、元の世界に戻っているかもしれない。
でも、もし叶うのであれば。

「(この人達を、悲しめたくない……)」

そのために、あたしはこの人達と共に歩んでいきたい。

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