影と日の恋綴り | ナノ
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 夜が明けて

長い夜が明けた。夜通しで警備をしていたが、前川邸から逃げる人も、騒動に気付いた人もいなかったようで、幹部の皆さんは再び広間へ集合した。あたしと千鶴も広間の片隅で待機し、山南さんの容態を待つことになった。しばらくして、井上さんが広間へ足を踏み入れた。

「……峠は越えたようだよ」

張り詰めていた場の空気が緩んだ。今は寝ている様子で、見た目が変わらないため血に狂っているのかどうかは分からないらしい。
その時だった。

「おはようございます、皆さん」
「………」

一瞬で空気が変わった。うげ、と皆が思い切り嫌そうな顔をした。あたしも同じような反応だったけど、千鶴はなにか違うことを考えているようだった。
しかし、伊東さんの次の言葉に皆は表情を変えた。

「あら、顔色が優れてませんのね。……昨晩の騒ぎと何か関係がありまして?」
「……」

流石は参謀、といったところか。観察眼も長けているようで、あたしたちの異変に気付いていた。近藤局長がどういえばいいのか分からず、言葉を濁す。もともと優しい人だ、嘘がいえないのだろう。近藤さんが救援を求めて幹部立に視線を向けた。
それに応えてくれたのは新八さん。

「よし!……誤魔化せ、左之!」

かと思えば、左之助さんに任せたときた。けど、左之助さんが誤魔化し上手なわけもなく…。

「あ?俺か?実は昨日――」
「大根役者は出しゃばらないでくれるかな」

沖田さんは珍しく苦笑を浮かべて、前に出た二人を引っ込めさせた。そうして説明の上手な人に任せなよ、と向けた視線の先にいたのは斎藤さんだった。土方さんも斎藤さんに目で指示をした。それに応えるように斎藤さんは一つ浅く頷いた。

「……伊東参謀がお察しの通り、昨晩、屯所内にて事件が発生しました。参謀のお心に負荷をかけるのは本意ではありません。事態の収拾に努めた後、今晩にでもお伝えさせて頂きたく存じます」
「まあ……」
「……(嫌な目…)」

伊東さんは目を細めた後、広間を見回して柔らかに笑み今晩を心待ちにしていると言って退室した。見逃してもらえたのは斎藤さんの対応が気に入ったのか、という沖田さん。その言葉に不思議に思った千鶴は首を傾げた。

「幹部の皆が集まってるこの場所で山南さんがいないから、昨日の騒動は山南さんが関係していること。……あいつが気付かないはずがないの」
「あ……」
「あの人は、予測した上であえて何も聞かなかったのよ」
「…伊東さん、すごい人なんですね……」
「えぇ。あたし達を苛立たせる天才よ」
「奴良」
「事実ですよ」

土方さんが制止のためにあたしの名前を呼んだが、すました表情を浮かべるだけ。
その時だった。

「!」

ふらりと山南さんが現れた。少し顔色が悪いようだけれど、それ以外は普段と変わらない姿だった。
井上さんが起きてて大丈夫なのか、と気遣い尋ねると山南さんは穏やかな微笑で返した。

「少し、気だるいようですね。これも【薬】の副作用でしょう。……あの【薬】を飲んでしまうと、日中の活動が困難になりますから」

つまりそれは薬の効き目が出ているということになる。山南さんは賭けに失敗してしたのだ。

「私は、もう、人間ではありません」

微笑んで言った山南さんに体が勝手に動いた。ダッダッ、と足音が響き皆の視線があたしに向いた。山南さんも同じだった。けど、彼の場合、気付いた時には目の前に立っていた。
山南さんが口を開けるよりも、あたしが手を出すほうが早かった。
パァン、と乾いた音が広間に響いた。

「!?」
「ひ…!」
「緋真、姉様…!?」
「………」

周りが目を疑う中、山南さんは何も言わなかった。それもそのはずだ。
あたしが、彼に手を上げたからだった。

「……なにも言わないんですね」
「…私に、なにを言わせろと…?」
「っ…自分から、成り下がったのですよ…!?」

何に、とは言わなかった。それは皆が分かっていることなのだから。
山南さん本人も分かっていることで、自嘲気味な笑みを浮かべてあたしを見た。

「奴良くんには、本当に申し訳ないことをしたと思っています。……ですが、これは私の意志です」
「っ……」

己の弱さが招いた結果だという山南さんに否定はできなかった。けれど、それを止める術はあたし達にはあったのだ。
悔しさに顔を歪めるあたしを見て、山南さんは目を瞬かせたあとふわり、と本心からの優しい笑みを浮かべた。

「そんな顔をしないでください。貴方の言葉が私に届かなかったわけではありませんよ」
「え……?」
「私は一度死に、そして生かされた身。……やり残したことを、この命果てるまでにしたいと思います」
「山南、さん……」

すっきりとしたような、晴れ渡った表情の山南さんに、あたしは何も言えなかった。
近藤さんは生きていてくれただけでも良かった、と喜ぶ。けれど、他の皆は違っていた。山南さんの調子を尋ねる沖田さんに、山南さんはよく分からないと言った。腕は随分前に治っているからだろう。
そして山南さんは昼間に活動できなくなったことになる。それはつまり、隊務に参加できないということ。けれど、総長という山南さんは必要な存在である。
そんな彼らの思いを裏切るように、山南さんは言った。

「私は死んだことにすればいい。これから私は【薬】の成功例として、【新撰組】を束ねていこうと思っています」

その言葉にあたし達は耳を疑った。新八さんが声を荒げたけれど、山南さんの意志は変わらなかった。加えて、薬の存在は知られてはいけない。
そう言われると、幹部の皆さんは何も言えなくなった。

「……屯所移転の話、冗談では済まされなくなったな」
「そう、ですね…」

山南さんを生かしたままにするならば、広い場所が必要である。特に、伊東派の目から隠すには特に。
副長の言葉に同意を示すように、斎藤さんも深く頷いた。今後のこともあると、尚更なのだ。

「…………」
「千鶴、大丈夫……?」
「お姉様……。…はい……」

力なく答えた千鶴に、あたしは何も言えなかった。新選組の人達と一緒に過ごした一年は彼らにとっては意味の無いものだと分かってしまい、千鶴は寂しさを覚えてしまったのだ。
そして、自分の存在が父親捜しのためだけだと分かり、その事実に重く圧し掛かったのだ。

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