影と日の恋綴り | ナノ
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 夜明けを待つ

井上さんが山南さんの容態を看ることになり、あたしたちは広間へと集まった。一連の話を知った局長である近藤さんは苦渋の声を洩らした。

「まさか山南君が、自ら【薬】に手を出すとはな……」
「なるべく山南さんの動きに注意しろって言ったじゃねぇか!」

広間に響き渡る重たい声音。誰もが思っていなかった事だったのだろう。山南さんがあの薬を使うことを。

「……部屋を出てったのには気づいてた。けど【薬】を呑むとは思わねぇだろ、普通?変なもん持ってたようには見えなかったが、【薬】を管理してたのはあの人だもんな…」
「自分が使う量くらいなら、簡単に用意できたってことか。確かにあの【薬】を使えば、腕の治る可能性もあるんだろうが……あれは、失敗作なんだろ?飲んだ連中も皆、血に狂っちまった」
「………」

新八さんに続いて言った左之助さんの言葉に、あたしは思わず膝の上に置いた自分の手を強く握った。その様子に気付くことなく、斎藤さんは山南さんが独自に薬の改良を続けていたことを近藤さんに報告した。

「失敗を悟った山南総長は、奴良に自分を殺すように命じたがそれを奴良が拒んだ、と」
「殺す……!?」
「!」

斎藤さんの直後、広間に響く悲鳴じみた声。バッと弾かれたように広間中の視線が一気にその声の主へ突き刺さった。

「千鶴……!?」

広間の片隅にいたのは、寝ているはずの千鶴だった。
土方さんは険しい表情を浮かべたまま、殺気を孕んだ冷たい声で千鶴に尋ねる。しかし、鋭い眼差しに射抜かれて、言葉らしい言葉が出てこない千鶴。
ぴりぴりとした空気の中で向けられる敵意は、あたしも千鶴も覚えのあるものだった。
知られたくなかった新選組の秘密を盗み聞きしてしまった千鶴を、見てしまったあたしを殺すかどうかを考える彼らを前に近藤さんは言った。

「なあ、トシ。そろそろ彼女にも、話してやっていいんじゃないか?綱道さんの娘なら、知る権利もあるだろう」

近藤さんの言葉は一理あるものだった。事の発端である【薬】は雪村綱道が、新選組で行っていた実験だったのだから。
近藤さんに言われ土方さんは苦々しげに顔を歪めていたけれどやがて諦めたように長い息を吐いた。
話の前提としてと言わんばかりに、千鶴に向けて「おまえは新選組に必要ない」といった土方さん。千鶴の存在は特にこれといった問題になるものではないのだ、とも。酷い言い方だけど、組織として働く彼らからしたら否定できないものだった。
けれど、今は殺すことはしない。内政がこんなにも慌ただしければ、そんな事に時間を割いている暇はない。
千鶴からしたら、新選組に預かる身となったあの日から関係は変わってないと分かり悲しい気持ちになっているだろう。

「……」
「何処へ行く、奴良」

静かに席を立ったあたしに声を掛けた土方さん。皆の視線もあたしに向けられた。扉の前で立ち止まり、あたしは皆の方を見ずに静かに言った。

「外の空気を吸わせてください。………逃げなどしません」

これ以上言わせないで欲しくて、あたしは何か言われる前に広間を後にした。
そのまま八木邸の玄関先まで向かったあたしは、門柱に縋るように立って月を眺めた。

「っ……」

山南さんを救えなかった。
山南さんの心を救えなかった。
たとえ左腕を治したとしても、あの人が前に進めなかったら意味がない。
悔しかった。
山南さんを少しでも支えていると思っていたのに支えてすらもいなかった事に、嘲笑を浮かべた。

「緋真」
「!」

突然名前を呼ばれ振り返ってみれば、左之助さんの姿が。
優しい、落ち着かせる声であたしの名前を呼んだ左之助さんは淡い微笑を浮かべていた。

「元気出せよ」
「……あたしは、山南さんを止める事が出来なかった……」
「……」
「傷付いている山南さんに励まして、元気出してもらおうと思ってたのに…あたしの言葉は、届いてなかったって分かったら……あたしの自己満足なだけだったんだと、思って……悔しく、て……」

そう、ただの自己満足なだけだったのだ。山南さんをちゃんと見ていないままあたしは言葉を送っていただけで、山南さんの気持ちをしっかりと理解していなかったのだ。

「腕なんてとっくの昔に治ってたのに、それなのに…!」
「(治ってた…?)」
「なんで、自分が損するような事しちゃうのよ…!」

悔しくて、悲しくて、気持ちがぐちゃぐちゃだ。泣きそうなのに泣けない。この気持ちを、どうしたらいいのか分からない。

「…生き残って欲しいんだが……。ま、駄目だったときに死ぬのは簡単だしな」
「っ」
「生きてれば楽しいことも沢山あるさ。けど、【薬】はあの人を変えちまうんだろうな」

微かに不安を潜んだような口調にあたしは気付く。
新選組の皆のほうが、悔しかったに違いない。ずっと今まで、それこそ新選組が結成する前から一緒だった仲だ。それなのに、山南さんの抱えていた闇を軽視していた自分達が腹立たしいに決まっている。

「……生きて、欲しいですね……」

自分だけが悲しむわけにはいかない。
左之助さんの言葉にそう思えた。調子を取り戻したあたしに左之助さんは目を点にしたが、すぐにふっと笑った。

「ま、大丈夫だ。何とかなるだろ」

山南さんを信じているのだろう左之助さんの言葉に、あたしはやんわりと笑みを浮かべるだけだった。

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