影と日の恋綴り | ナノ
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 新撰組の出生

あれから、山南さんに会うことは出来ずに終わった。謝るつもりはないけれど、伊東さんの言葉に弱気になって欲しくないと言いたいだけなのに、姿すら見えない事に何処へ行ったのかと首を傾げた。

「(夕餉の時にも姿を出さなかったって、千鶴言ってたし……)」

夕餉の時、いつもなら一緒に食べるけど、朝の事もあってから今日だけは部屋で食事をするように言われた。まぁ、伊東さんも一緒に食べる場だけど彼は落ち着かないか。なんて納得もしてしまい、あたしは土方さんの指示に従った。千鶴が寂しげな表情を浮かべていたけど、仕方のないこと。ごめんね、と一言言って頭を撫でた。
そうして就寝時刻となったわけだけど、夕餉の時以外の時間は山南さんに会うために彼の自室や居間へと向かったが会うことは無かった。

「(しかも、なんだか寝つけないし…どうしよ……)」

最近夜更けになると、千鶴の妖気が漏れ出す。彼女は気付いてないけれど、敏感になり過ぎたあたしは少々眠りが浅くなってしまうのだ。気にならないようにすることはできるが、今日に限って山南さんのこともあり寝れない状況だった。
仕方ない、少し外で涼もうかしら。
気配を消して、千鶴を起こさないようにして部屋を出る。極力音を出さないようにして廊下へ足を踏み入れる。今日は雲がないから月が辺りを照らしている。天体観測でもして落ち着かせようと思ったときだった。

「あ、れ…?」

微かに見えた人影。後ろ姿からして、あたしが今日一日探していた人だった。

「山南さん……?」

こんな夜中にどこへ行くのか気になった。しかも何か思いつめた表情だ。
見過ごしてはいけないと、なんとなく思った。
気配を消して山南さんの後を追えば、八木邸の隣にある前川廷へと足を踏み入れるのが見えた。
思わず、行くのに躊躇した。
もともと土方さんに前川邸へ行くなとは言われている。千鶴は理由もないままに言われて不思議に思っているようだったけど、あたしは前川邸の前を通り過ぎた時に感じたそれになんとなく理由が分かってしまったのだ。
人の気配に混ざった妖気。
あたし達が此処で預かりの身となってしまった原因がきっと前川邸にいるのだと、瞬時に分かったのだ。
そんな場所に向かう山南さんに、あたしは嫌な予感がした。

「(っ……)」

最近の彼の様子も考えると、このまま見過ごすわけにはいかなかった。
息を止めるように気配を消して、あたしは決心して山南さんの後を追い前川邸へ入った。人気のない前川邸内で、山南さんを見つけることは容易かった。光が漏れた部屋に辿り着く。
盗み見れば、やはり一人佇む山南さんの姿があった。
たくさんの書物に囲まれた室内は少し薬臭い。古くさい匂いも混じって、思わず眉間に皺が寄った。

「いるのは分かってますよ」
「!」
「お入りなさい、奴良くん」
「っ……」

いつから気付いていたのか分からないが、襖越しにそう言ったのは山南さん。あたしの名前を呼んだいるのだから、尾行している事すら気付いていたのかもしれない。誤魔化すこともできないと分かったあたしは、静かにその部屋へ足を踏み入れた。
あたしが室内へ入ったのを襖が閉じる音で分かった山南さんはくるり、と身体ごと振り返った。浮かべる表情に、胸騒ぎがした。
全ての悩みが解決したような、不思議なくらいに爽やかな笑顔。
しかし、彼の手にしているそれを見て心が冷え切るような感覚になった。

「……その手に持っているものはなんでしょうか」

ガラス製の小瓶に入っている、紅い血のような液体。

「……これが気になりますか?」
「いいから答えてください」
「これは雪村くんの父親である綱道さんが幕府の密旨を受けて作った【薬】です。元々、西洋から渡来したものだそうですよ。人間に劇的な変化をもたらす、秘薬としてね」
「……」
「劇的な変化、といっても分かりにくいでしょう。単純な表現をするのでしたら、主には筋力と自己治癒力の増強でしょうか」
「……ただで、というわけではないのでしょう?」

そんなおいしい話があってたまるものか。
あたしの言葉に山南さんはクスリ、と笑って、液体を見つめながら続けた。

「えぇ。致命的な欠陥があります。強すぎる薬の効果が、人の精神を狂わすに至ったのです」
「……奴良組や、千鶴を襲った人達ね」
「えぇ、そうです」

突然奴良組に現れた白髪に赤目の人間たち。しかし、妖気も混ざった気配に、奴良組は倒していいのか狼狽えていたのだ。しかし、いざ怪我をしたとしてもすぐに傷は癒え、驚いた隙に攻撃されそうになったのだから。その人間たちがぼそぼそ呟いていたのは「血をくれ」の言葉。

「薬を与えられた彼らは理性を失い、血に狂う化け物として成り下がりました」
「けど、どうやってあたし達の世界に来たかは分かってないようね」
「えぇ。どういった経緯でなのかは、分かっていません」
「……それは別にいいんだけどね。ただ、自分たちのしりぬぐいをしっかりできてないってのは、どういう事なの。千鶴に怖い思いをさせたのだって、貴方達がちゃんと管理していなかったのが原因って事になるんじゃないのかしら?」

千鶴は父親を探しにはるばる京へ来た。しかし、雪村綱道は姿を消し行方知らず。そこで実験はやめてしまえば良かったのだ。幕府からの密旨だとしても、研究者である雪村綱道がいなければできないのだから。
あたしの言いたい事が分かっているはずの山南さんは続けた。

「幕府の命に背けるはずがなかった。だから私たちは、あの人が遺した資料を基にして私なりに手を加えたものが【これ】です」

そう言って手元の小瓶を軽く揺らした。山南さん曰く、原液を可能な限り薄めているものらしく、成功すれば理性を失わずに済むという。
けれど、何故山南さんが服用しなければならないの。

「どうして山南さんなの?腕だって、あたしの力で治ったじゃないですか…!?」
「けれど、貴方の力は皆に知られていません。知られてないままに腕が治ったなんて言えるはずもないじゃないですか」
「だからって、何も怪我をしていないままそれを服用して失敗したら…あんたに良い事なんて何もないじゃないか!」

自分勝手な山南さんに怒りがこみ上げてきて、口調が昼と夜とぐちゃぐちゃになってしまう。それに気付きながらも何も言わない山南さんは、困ったように笑う。

「長年一緒に居た皆に気付かれるはずがない。そうすれば、貴方に疑いの眼差しを向けられます」
「!」
「それに私は最早、用済みとなった人間です。平隊士まで陰口を叩いているのは知っています」

悲しげに俯いた山南さんに、あたしは苛立った。

「ふざけないで!!」

声を大にして言った。

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