影と日の恋綴り | ナノ
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 想いは時に

しばらく経ってからだった。ドタドタと荒っぽい音がこちらに近付いてきたのが分かった。どうやら話し合いは終わったようだ。複数人の足音に、あたしは忙しない人達だ、とまるで他人事のように思ってしまった。
あたしと千鶴の自室の前で足音が止んだ。かと思えば、スパン、と勢いよく障子が開いた。

「奴良、てめぇ!!」
「騒々しいです」
「お前がそれを言うか…!」

開口一番に荒々しい声を上げたのはもちろん土方さん。反対に、あたしは淡々とした声で注意してしまった。土方さんの後ろにはぞろぞろと左之助さん達を始め幹部の方、そして千鶴もいた。
近藤さんの姿がないことから、近藤さんは伊東さんの相手をしているのだろう。山南さんの姿も見当たらなかった。
土方さんは不躾な態度で部屋へ入られる。一応、あたしと千鶴が使用する部屋だから一言いって欲しいものだが、今の土方さんに言えるはずがなかった。どかり、と胡坐をかいた土方さんはキッとあたしを睨みつけるように見た。畏を抱くこともなく、あたしは涼し気な表情を浮かべて土方さんを見た。

「あたしは謝りませんよ」
「!」

土方さんが口を開く前にそう言った。ハッとあたしを見た土方さんは、目を丸くしていた。あたしが決して目を逸らさずに土方さんを見ていたからだろう。
謝るつもりなんて、微塵もない。

「…だからって、脅すようなことを言うんじゃねぇ」
「だって、腹立ったんですもの」
「てめぇな……」
「人の気持ちも考えない人が上に立つなんて出来ませんよ。…その人の気持ちにもならずに貶そうとする人なんか、そのうち殺されてしまいますよ」
「………」

伊東さんの行く末を知っているからか、ついそんな言葉を溢してしまった。
悔しかったのだ。山南さんだって好きで腕を怪我したわけじゃないのだから。本当だったら、山南さんの傷は癒えてて、剣を扱う事だってできる。けど、言えないのは周知の事実だから。伊東さんの言葉に反論もできないのは、それもあったからなのかもしれない。山南さんを知っている人達は、伊東さんの言葉に怒りを抱いた。特に土方さんは言い返したくなったはずだ。山南さんは新選組に必要である存在だと強く言いたい故に。
でも、あたしは違うんだ。あたしは部外者だ。

「いつでも斬り捨てることのできるあたしが何を言ったって自分の首を絞めるだけ。…でも、土方さんは違うんです」
「……」

土方さんは黙ってあたしを見ていた。

「貴方は“新選組副長”です。…一時の感情で、冷静さを欠けてはいけません」
「……だからって、お前が何でも言っていいわけじゃねぇ。山南さんを馬鹿にして怒ってるのは俺達も同じだ。矛先をテメェが向けるような言い方はするんじゃねぇって言ってんだ」
「もともとあたしはあの人に怪しまれていましたもの。今更もっと怪しまれようが関係ないですよ」

強気な笑みを浮かべて言えば、土方さんはハッと鼻で笑った。
少しだが、いつもの彼に戻ったように見えた。

「てめぇを斬るつもりはねぇ。だが、少しは自分の立場ってモンを考えやがれ!」
「……本当に、副長殿はお優しい方ですね」

思わず笑みが零れた。剣呑とした雰囲気が変わったことに気付いたのか、部屋の外であたし達の様子を見守っていた千鶴たちがわっと中へ入ってきた。
どうやらずっと心配してくれていたようだ。

「ったく、緋真ちゃんは突然勇ましくなっちまうからびっくりするぜ!」
「全くだよ。ま、緋真ちゃんがああいわなかったら、僕が斬ってたかもしれないけどね」
「総司、お前は冗談なのか本気なのだどっちなんだ。だが、奴良。もう少し言葉を選んで言え」

あの時の一瞬が別人に見えたという新八さん達にあたしは苦笑を浮かべるしかなかった。なんたって、あの時<夜のあたし>の力も借りていったから、雰囲気がガラッと変わっていたのだ。
だから、びっくりするのも無理もない。
なんて言えばいいのか分からなくて苦笑を浮かべて誤魔化す。けど、あたしの傍に歩み寄らず障子にすがって見ているのは左之助さんだった。

「……?」

その時の左之助さんは、あたしを通して違う人を見ているような眼差しをしていた。
あたし達の様子に呆れながらもうるせぇ!と怒鳴った土方さん。沖田さんがぼそりと「素直じゃないなぁ」なんて言ったのが耳に届いた。

「奴良」
「はい」
「今回はお咎めはなしだ。あと、山南さんにも一言言っておけ」
「……はい」

あたしの言葉があったにしても、山南さんは伊東さんの言葉に傷付いているはずだ。完治していたとしても、一度、剣を扱えないと身をもって知った人だ。悶々と悩み込んでいるに違いなかった。
いつ言おうか、と悩みながら頷いた。
そうして土方さん達はこの場を後にして、それぞれの仕事に取り掛かった。
日の傾き具合から夕餉を作らねばならない事に気付き、あたしは千鶴を連れて勝手場へと向かった。

「千鶴、怖い思いをしてごめんなさい」
「いえ!…緋真姉様があんなに怒るのも仕方ないです。……山南さん、酷く傷ついていたので…」
「……」

山南さんの変わりようには、新選組内でも大きな影響を与えているようだ。時折優しい笑みを浮かべてはいるが、刺々しさや辛辣な言葉を口にする頻度が増しているらしい。
少しくらい、気持ちにゆとりが出来たらまた違うのかもしれない。
今まで奴良組や関わってきた人達で、山南さんみたいな性格の人はいなかったからどう接していいのか分からないのもある。でも、嫌いな人じゃない。新選組の事を想っている気持ちが表れているから。

「(……想い過ぎて、空回りしてしまいそうなくらい…)」

それが酷く不安定で、危うく感じるものだった。

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