影と日の恋綴り | ナノ
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 怒りと悔しさ

突然声を張り上げたあたしに視線が集まった。その視線を身に受けながらも、あたしはただ真っ直ぐ土方さんを見る。怒り心頭のままの土方さんは言葉を遮ったあたしに矛先を向け「何だ奴良!」と怒声に近い声を出す。幹部全員がいるこの場で、小間使いという立場になるあたしが口を出すのはよろしくない事だとは分かっている。
だけど、このままではその者の思いのままになるのだ。

「……その後に続けようとした言葉は、此処では言ってはなりません」
「なに……?」
「ほぅ…」
「…、……貴方は副長。立場をご理解なさっていただきたい」

目と言葉に、土方さんはハッと何か気付き怒りを沈静した。土方さんの様子を見て残念そうな、けれどあたしという存在に目を輝かせる伊東さん。一方で山南さんは、突然あたしが声を出し、土方さんにそう進言したことに驚いていた。
土方さんが山南さんを侮辱され怒るのも痛いほどに分かる。けれど、この場では身内で扱うわけにはいかない。組織として接しなくてはならないのだ。

「……悪かった」
「いえ、こちらこそ口を挟んでしまい申し訳ございません」

深く頭を下げて土方さんに謝罪を述べた。土方さんは気付かせてくれたことから「気にするな」と言ってくれた。その様子を見ていた伊東さんが自分に利のある人間を見つけて嬉しそうな笑みを浮かべて口を開けた。

「貴方、素晴らしいですわ。副長が何を言おうか気付き、言う前に止めたその読み。こんな聡明な方がまだいるとは思いませんでしたわ」
「………」
「貴方、私の小姓にならないかしら。山南さんと共に、論客として私のために働いほしいわね」

再び地雷を踏んだ伊東さん。ニコニコと笑顔のそいつとは違い、土方さんたちはあたしに狙いを定めたと気付き怒りをあらわにする。
分かりやすい反応をするから、この男も調子に乗るんだよ。

「両手で扱うだけが、剣客なのですか?」

ふざけるな、とでも口にしようとした誰かの言葉を遮り、あたしは大きめの声でそう男に尋ねた。一瞬の間が空き、伊東さんは「なんですって?」と理解していないような表情をした。
頭をゆっくりと上げ、男を睨んだ。
勘違いしないで欲しい。
あたしだって、この野郎に怒ってんだよ。

「そんなに左腕が使えないと嘆くのでしたら……、アンタの利き腕を使えないようにしてあげましょうか?」

抑揚もなく淡々とした口調でそいつに言ったあたしに咄嗟に土方さんが「っ奴良!」と声を張り上げた。制止の意味だろうが、止めるはずもなかった。伊東さんはあたしが自分を侮辱し、殺人めいた言葉を向けられた事に顔を青ざめていた。
山南さんを侮辱したのは、昼も夜もどっちのあたしも怒ってんだよ。

「使えものにならないなんだ言うなら、アンタも同じ気持ちにさせれば、何も言えなくなる。相手の気持ちも考えずに傷つけ蔑むテメェに、誰がついて行こうなんざ思うかよ」

感情が止められない。怒りと殺意がごちゃ混ぜになったまま、あたしはゆっくりと立ち上がり伊東を冷たい視線で見下す。左之助さんが続けて立ってあたしの手を掴み「落ち着け」というが、無理だ。無理に決まってるだろ。
ぶわり、と殺気が溢れ出た。

「他人を侮辱しその上に立つテメェは、参謀失格だよ。自分の利益ある存在を集め、利用し、他者を傷つけるテメェは浅はかだよ。浅慮だ。…山南さんよりも、格下だよ」
「あ、あああああなた先ほどからなんてことを…!」
「おい緋真、落ち着け!」
「口を慎め、奴良」

今までに見た事のないあたしの様子に戸惑いながらも止めようとする左之助さんと斎藤さん。頭は酷く冷静な自分は彼らに対して謝るが、それでも荒ぶる気持ちは伊東さんに向けている。
山南さんを、馬鹿にしてんじゃねぇ。

「奴良」

冷静で、凛とした声が、広間に響いた。
ピタリと止まった身体のまま、あたしの名前を呼んだ彼に静かにおそるおそるといった様子で目を向けた。
その姿は、立派な副長だった。

「部屋に戻ってろ」
「……」
「命令だ。戻れ。お前の処罰は後ほど決める」
「………分かりました」

静まり返った空間の中、蚊の鳴くような声であたしは返事をし部屋を出ようと皆に背を向けた。伊東さんはわなわなと青ざめたまま震え、言葉も出ない様子だった。そんな男に一睨みし、あたしは障子に手をかけた。
このまま出ればいいけれど、まだ言い忘れていた事があったのだった。

「山南さん」
「………なんでしょうか、奴良くん」

間をためて山南さんは落ち着いた声で返事をしてくれた。静かに音を立てないように障子を開けてから、あたしは山南さんに目を向けた。彼と目線が交わった。何を今思っているのかは分からない。けれど、その目には暗い澱みがあって、一つでも道を間違えればすぐに光を失い闇に堕ちそうなそんな目をしていた。
あいつの言葉を間に受けて、納得してんじゃないわよ。
背を向けたまま、あたしは言った。
“夜のあたし”の力を借りて。

「逃げんじゃねーぞ」

たったその一言。
それだけを山南さんに向けて言い、あたしは広間を後にし部屋へと戻ったのだった。
皆の気配が遠ざかり、千鶴とあたしの部屋の前まで来たあたしは足を止めた。真っ白な壁が視界の横に入り、堪えきれず壁に拳を当てた。ゴン、と鈍い音がして、ぶつけた手に痛みが走った。
けど、あの人に比べたらこんな痛みどうってことない。

「……くやしい………!」

声は鳥の囀りに消え、悔しくてたまらないあたしの感情が胸の中でぐるぐる回り続けるだけだった。

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