影と日の恋綴り | ナノ
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 伊東甲子太郎

元治二年二月。

「千鶴、お茶の用意は出来たかしら?」
「はいっ」
「そう。なら行きましょう」

後に【禁門の変】と呼ばれる戦いで、新選組の活躍はなく終わった。けれど、戦場にて不思議な出会いがあったのだった。
千鶴や土方さんの前に現れ、池田屋にて沖田さんを倒した薩摩藩に所属する風間千景と名乗る美青年。同じく、薩摩藩に所属し、斎藤さんの前に現れ池田屋にて平助に重傷を負わせた天霧九寿という体格のいい男。そして、長州浪士たちと共に戦い左之助さんの前に現れた不知火匡。彼らはいわば、新選組の強大な敵ともいえる存在。彼らと戦うとなれば、新選組には大きな被害を受けることになるのは確かだ。
そして、あたしの正体に気付いているとなれば……。

「緋真姉様…?」
「!…ごめんなさい、少しボーっとしてた」

考え事に耽ていると千鶴に呼ばれた。笑って誤魔化すあたしに心配そうな表情を浮かべる千鶴は「無理はなさらないでください」というのだった。もう一度謝って、お茶が冷めないうちに、あたし達は広間へと向かった。
禁門の変にて、長州の指導者たちは戦士し、切腹をし息絶えた。中には逃げ延びた者もいるが、一番被害を被ったのは、京中の市民たちだった。
逃げ延びる長州藩士が京に火をつけ、市中の一部を焼け野原に変えたのだ。その被害は大きく、市民は酷く深い傷を受けたのだった。
それから月日はあっという間に経ち、千鶴やあたしが屯所に預かり身となって一年ほど経った。朝食後にお茶を持って行くという日課に、千鶴の手際もよくなり時間をかける事なく温かいうちに持って行くことができるようになったほど。
お茶を啜る中、ぽつりと土方さんは呟いた。

「八木さんたちにも世話になったが、この屯所もそろそろ手狭になってきたか」
「まぁ、確かに狭くなったなぁ。隊士の数も増えてきたし……」
「隊士さんの数は……、多分、まだまだ増えますよね」

新八さんの言葉に千鶴も言う。あたしは沖田さんにお茶を渡した後に「平助が江戸で隊士を募集しているから、増える可能性は大きいかも」と口にした。隊士たちが増えることは良い事だけれど、今あたし達がいる屋敷は狭くなる一方。平隊士の皆さんは集団で小部屋を使っているから、プライベートも筒抜け。あまり嬉しくはないだろう。

「だけど僕たち新選組を受け入れてくれる場所なんて、何か心当たりでもあるんですか?」
「西本願寺」

沖田さんの問いに土方さんは薄く笑ってそう答えた。それにもちろん楽し気に笑ったのは沖田さん。あたしはというと。苦笑を浮かべるしかなかった。

「……反対も強引に押し切るつもりなら、それはそれで土方さんらしいですけど?」
「えっと……」
「確かにあの寺なら充分広いな。……ま、坊主どもは嫌がるだろうが。それに西本願寺からなら、いざと言うときにも動きやすいだろう」

千鶴は未だに今日の地理に疎い故に分かっていないようだった。左之助さん達は話を進めるが、あたしは千鶴に気付き小声で教えてあげた。
屯所がある壬生には京の外れ。市中巡察に出るにも不便な場所。それにうってつけの場所が西本願寺なのだが、そのお寺は長州に協力的だったのだ。今までに何度か浪士を匿っていたことがあるほどに。

「あ……」
「つまり、長州の味方をしているなら新選組にとっては敵のようなもの。だから、西本願寺のお坊様たちは嫌がるのよ」
「向こうの同意を得るのは、決して容易な事ではないだろう。しかし我々が西本願寺に移転すれば、長州は身を隠す場所をひとつ失うことになる」

斎藤さんの言葉に理解した千鶴。それに笑っていると、山南さんが眉間に皺を寄せ反対の意を申し出た。武力で押さえつけることは見苦しいものではないか、と。たしなめるような口調だけど、苛立ちがのぞいていた。それに対して土方さんがなだめるように意見を言う。どちらの意見も納得してしまうもので、新選組の大将である近藤さんも悩んでいるようだった。

「さすがは近藤局長ですねぇ。敵方へまで配慮なさるなど懐が深い」
「む?そう言われるのはありがたいが、俺など浅慮もいいところですよ」
「………」

照れた表情をする近藤さんをよそに、あたしや土方さん達は顔をしかめた。
近藤さんを褒めた者は、伊東甲子太郎参謀。新たに入隊した大幹部であった。
初めての顔合わせの時も、皆良い顔をしてなく伊東さんの姿がないところでは不信を洩らしていることが多かったほど。あの人の性格や思想からしたら何か謀っているのではないかと思ってしまうのだ。

「学識も高く、弁舌に優れた方ですよ。……秀でた参謀の加入で、ついに総長はお役ご免と言うわけですね」
「!」
「……伊東さんさえいてくれれば、私がここでなすべきことも残りわずかだ」
「ちょっと、さんな、」
「でも、僕は伊東さん好きじゃないな」

山南さんの独り言や自傷発言に思わず口を開けたあたしだったが、沖田さんが被せるようにそう言った。それに同意するようにして新八さんや左之助さんも口々に不満を洩らすのだった。
そんな事もありながら、屯所移転案に異を唱えた山南さんを見て伊東さんは満面の笑みを浮かべて言った。

「山南さんは相変わらず、大変に考えの深い方ですわねぇ。まぁ左腕は使い物にならないそうですが、それも些細な問題ではないかしら?」
「っ!」

場の空気は一変した。
伊東さんは空気が変わったことなど分かっている上で続けた。

「剣客としては生きていけずとも、お気になさることはありませんわ。山南さんはその才覚と深慮で新選組と私を充分に助けてくれそうですもの」

人の心を抉る言葉を。
ぶわり、と殺気めいた気が漂った。山南さんは事実でもあるその言葉に何も言わずにいた。反対に我慢できず口にしようとしたのは土方さんだった。

「伊東さん、今のはどういう意味だ」
「!」
「あんたの言うように、山南さんは優秀な論客だ」

その言葉のあとに続くのが何か、あたしには分かってしまった。
ダメ。

「けどな。山南さんは剣客としても、」

言わせては、いけない。

「副長!!」

土方さんの言葉を遮るようにして、あたしの声が広間に響き渡った。

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