影と日の恋綴り | ナノ
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 【禁門の変】

あたし達が辿り着いた公家御門では、まだ小競り合いが続いているようだった。蛤御門から移動して来たらしい所司代と、まだ諦めていない長州兵たちが戦い続けている。
左之助さんの目的の場所でもあった公家御門を一目見ようと差の助さんの横から顔を覗かせた。

「緋真。あんまり前に出るなよ、危ないから」
「…はい」
「ま、さっきも言ったけど。安心しろ。お前は俺が、絶対護る」

低く掠れた声でそう言って、ポン、と頭に大きな手が置かれくしゃくしゃと髪を撫でられた。今までされた事もない聞いた事もないことに、あたしは場違いと分かっていても、胸が高鳴った。赤らめた頬を見られたくなくて、とっさに顔を俯かせた。左之助さんはフッと笑い、すぐに武士の顔となり駆け出した。
新選組の隊を率いて、戦場の真ん中へ飛び込んだ。

「御所へ討ち入るつもりなら、まず俺を倒してから行くんだな!」

戦場に立っているというのに、淡い微笑を浮かべる左之助さん。そんな彼に呆れたらいいのか、どう反応すればいいのか分からない。
けれど、長州勢はそうではない。新選組の登場にとうとう戦況が自分達にとってよろしくないと悟ったようだ。

「死にたい奴からかかってこいよ」
「おのれえええっ!!」

怒声が響き、乱戦が始まった。十番組隊士に「こっちに」と比較的安全な場所へ誘導される。素直に応じて、あたしは新選組の戦いを見守った。
御所防衛側には新選組ら援軍が加わった。敵味方入り乱れての戦いもそう長くは続かず、長州勢は自分達の負けを悟る。血を吐くような声でうなりつつ、撤退し始めた。
役人の人が一人残すことなく捕縛しろと指示をする。自分達に背を向ける長州勢に、役人たちと共に新選組も追いかけた。
けれど。

「!」

長州勢の殿を務めていた男の人が、不意にこちらを振り向いて足を止めた。
その男から感じた微かな妖気。
それは、池田屋の時に見かけた男たちと同じで、そして千鶴とも同じもの。

「ヘイ、雑魚ども!光栄に思うんだな、てめえらとはこの俺様が遊んでやるぜ!」
「!危な、」

言うが早いか、その男は銀色のそれを掲げた。見た瞬間、その存在が何か分かったあたしは、向けた先にいる隊士の前へ駆け寄ろうとした。
けれど、引き金を引くほうが早く、甲高い音が公家御門の前に響き渡った。

「っ……」

拳銃。
そうだ。この頃には、すでにそれはあったのだ。
撃たれた隊士は悲鳴を上げて倒れ込む。意識はまだあるようで、あたしは応急処置をするため手拭いを引き千切った。
火薬の匂いが風に乗り、鼻を掠めた。奴良組じゃあ、一ツ目おじ様や黒田坊が使ったりするのを見る。味方の時は頼もしいとは思うけど、その銃口が自分達に向けられると思うと、冷や汗をかく。

「なんだァ?銃声一発で腰が抜けたか」

足を止めた役人たちを見回して、彼はいまいましげに顔を歪めた。けれど、拳銃の恐ろしさに加えて彼の纏う雰囲気もあり、近寄ることが出来ないのだろう。一方で、色黒の彼はあたし達多勢に対して怯んでいる素振りも見せていないのだ。
こうもしている間に、長州勢は撤退していく。

「遊んでくれるのは結構だが……、おまえだけ飛び道具を使うのは卑怯だな」
「左之助さ…!」

役人たちをも庇うように、左之助さんは前に出て彼との間合いを詰めた。左之助さんはあたしに一瞥し、すぐに彼へと目を向けた。色黒の男は「そっちこそ長物持ってんじゃねえか」と笑みを洩らし言う。
瞬間、彼らは戦いを始めた。唐突に振るわれた槍の切っ先は、鋭く宙を斬り裂く。しかし、色黒の男は紙一重でその槍を躱したのだ。

「……てめえは骨がありそうだな。にしても真正面から来るか、普通?」
「小手先で誤魔化すなんざ、戦士としても男としても二流だろう?」

淡い笑みと共に返された左之助さんの言葉に、口笛を吹き面白そうに笑みを浮かべた色黒の人。

「なるほどねぇ……。………ん?」

見定めるように左之助さんを見ていた男が、ふと背後に立っていたあたしに目を向けた。
ばちっ、と音がしそうなくらい、同時に目が合った。

「おい、そこのお前」
「っ」
「!」
「てめえ、何モンだ」

カチャ、と銃口をあたしに向けて、男は警戒し尋ねた。その目は左之助さんに向けたものとは一変。今すぐ殺さんとする、憎悪の感情を向けるような目だった。
まさか、あたしの妖気に気付かれた…!?
息を呑み、背筋が凍る。いつでも発砲できるように、シリンダーがはずされた音が耳に届いた。

「こいつを撃とうってんなら、それよりも先にてめえを殺す」

視界いっぱいに広がる浅葱色。
左之助さんが庇い立ってくれたのだった。

「左之、助…さ……」
「後ろに下がってろ、緋真」

目は色黒の男に向けたまま、口早に告げた。左之助さんが立った事で、興醒めしたのか舌打ちを溢し銃口を降ろした男。

「……同族じゃなさそうだな」
「!」
「?」

呟いた言葉は、あたしと左之助さんには届いた。

「俺は不知火匡様だ。おまえの名乗り、聞いてやるよ」
「新選組十番組組長、原田左之助」

緊迫した中、互いが互いを認めた二人。色黒の男、不知火はあたしをもう一度一瞥した。

「てめえは俺様とは相容れない存在みてぇだな」
「っ……」
「まぁいい。連中は上手く逃げたし、そろそろ俺もお暇するとすっか」

構えた銃を降ろし、不知火は左之助さんを一瞥し去って行った。彼の気配が消えて、自然と上がっていた肩が降りた。

「……緋真、大丈夫か」
「……はい」
「アイツのこと、知ってるのか?」
「いえ……初めて、お会いしました……」
「……そうか」

左之助さんはそれ以上何も聞かなかった。そして深刻な表情を変え、何やら楽しそうな笑みを浮かべた。

「不知火の奴とは、また会うことになるかもな。……そんな気がする」
「……何か通ずるものがあったのかもしれませんね」

不知火匡。
他の長州勢とは違う異色の存在。彼から感じた気配は、池田屋の時に見かけた二人と同じもの。
鬼。

「……相容れない、存在……」

その意味が、少しだけ理解できる気がした。
その後、戦闘の終えられた公家御門では後始末が始められた。瓦礫の除去や負傷者の応急措置など、自分が出来る事を手伝った。新選組の動きは後手に回り、活躍らしい活躍もなく終えた。
後に、この事件は『禁門の変』と呼ばれるのだった。

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