影と日の恋綴り | ナノ
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 俺の傍から

「……あら」

明け方の河原は肌寒く、暖を取るため焚き火をじっと見つめていたあたしだったが、ふと隣を見れば千鶴は半分ほど夢の中へと入っていた。最初に気を張り過ぎたみたいで、なんとも可愛らしいことか。
そっと千鶴を横たえて、自分の膝に彼女の頭を乗せた。これで少しは寝やすくなったはず。穏やかに寝息を立てる千鶴を眺め、そっと頭を優しく撫でた。

「緋真」
「?」
「ほらよ」
「!」

ふわり、と肩に掛けられたそれ。微かに見えたのは、彼らの誇りであるものだった。即座に、隣に座っていた左之助さんを見れば、彼は変わらない恰好になっていた。

「さっきから身体震えてただろ?それ、着ておけよ」
「そんな…!左之助さんが風邪ひいちゃいます」
「俺はそんなやわな身体してねーよ。女のお前が風邪ひくほうがいけねーだろ」
「……」

納得のいかない表情を浮かべたあたしに、左之助さんは「甘えてくれや、緋真」と微笑んだ。彼の気遣いにこれ以上断る事は出来ず、おずおずとずり下がった羽織を引き上げた。

「…ありがとう、ございます」
「おう」

なんともいえない気持ちに、小さな声になってしまった。そんな顔を見られたくなくて、そっと顔を伏せた。
すると、うたた寝していた千鶴が目覚めた。自分があたしの膝枕で寝ていることに驚いていたけれど、気にしなくていいと言えば彼女は礼を口にした。
東の空から日の出が見え、そろそろ大丈夫だと思って左之助さんに羽織を返した。
その直後だった。

ドォン!

「っ!?」
「…」

明け方の空に、砲声が響き渡った。遠くの町中から、争う人々の声が聞こえる。同時に新選組の隊士達は、互いに顔を見合わせると頷き合った。それだけで通じ合える新選組幹部たちは流石としか言えない。
斎藤さんが「行くぞ」とあたし達にも声をかけて、町へと向かおうとした時だった。

「待たんか、新選組!我々は待機を命じられているのだぞ!?」

あたし達と同じく待機していた会津のお役人たちが横槍を入れてきた。その言葉に、あたしも思わず足を止めて彼らに舌打ちを内心溢した。
何を馬鹿な事を言っているのかしら。

「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!」

今まで我慢していた土方さんも堪忍袋の緒が切れたようで、冷たく言い放った。
思わず拍手をしてしまったあたしに、左之助さんが「少しは空気を読め」と笑って言う。その顔は妙に嬉しそうでもあって、土方さんがああ言ったことが頼もしく思えたみたい。
それでこそ、鬼の副長ですね。
あたし達の後に続くように、待機していた会津藩の予備隊も蛤御門まで向かった。

「…なぁ、緋真」
「?はい」

道中、左之助さんが小さな声であたしを呼んだ。左之助さんを見ようと、顔を上げると真っ直ぐあたしを見ている彼の瞳と合った。

「俺の傍から、離れるんじゃねーぞ」

その言葉に、あたしは何も言えなかった。
蛤御門に辿り着いた時、すでに戦闘は終わっていた。数人の隊士が情報収集をする一方で、近藤さんは蛤御門の状態にため息を溢し言った。

「しかし……。天子様の御所に討ち入るなど、長州は一体何を考えているのだ」
「長州は尊王派のはずなんだがなあ……」
「……」

近藤さんに続けて井上さんも困惑した表情を浮かべた。天皇を敬っているはずの長州が攻撃をしたともなれば、そう思うのも仕方ないことだろう。時代が時代故に、あたしは何も言えなかった。
すると、斎藤さんが情報を得たのか戻ってきた。

「朝方、蛤御門へ押しかけた長州勢は、会津と薩摩の兵力により退けられた模様です」
「大勢に守られてたから、成す術もなく撤退した…そんなところかしら」
「ふっ。薩摩が会津の手助けねぇ……。世の中、変われば変わるもんだ」

皮肉げな笑みを洩らし言った土方さん。すると、左之助さんも何か情報を得たようで、土方さんに告げた。

「土方さん。公家御門のほうには、まだ長州の奴らが残ってるそうですが」
「……」
「副長。今回の御所襲撃を扇動したと見られる、過激派の中心人物らが天王山に向かっています」

天王山は、京都と大坂の間にある山。そこへ向かっているということは…。歴史を思い出そうと、口に指を起き考え込んでいたあたし。
すると、その手を突然誰かに掴まれた。

「!」
「緋真、行くぞ」
「え…!?」

あたしの手を掴んだのは左之助さんだった。
なにやら嬉しそうな笑みを浮かべている左之助さんとは違い、戸惑うばかりのあたし。行くってどこに、と声を掛けようとしたあたしの言葉を遮ったのは、背後からの怒声。

「左之助!お前、なに奴良を連れて行ってやがる!」

振り返ってみれば、こちらを驚いた様子で見ている土方さんたちの姿が。彼らの様子から、これは左之助さんの独断のようだ。土方さんの声を無視し、十番組の隊士たちと一緒に何処かへ向かう左之助さん。
走ったまま、土方さんに告げた。

「悪ぃ土方さん!コイツは絶対、俺が守るからよ!」

すでに距離が広がっているから、今更戻る時間も惜しいだろう。
土方さんはそれ以上何も言っても無意味だと分かっているのか、一つ大きな舌打ちを溢してから他の隊士達に指示を出し始めた。千鶴が不安そうにあたしを見つめていた。そんな彼女の姿が目に入り、あたしは思わず声を張り上げ言った。

「千鶴!またあとで会いましょう!絶対に誰かと一緒に居るのよ!」

言葉が届いたようで、千鶴は「はい!」と大きな声で返事をしてくれた。それに安心し、今度目を見遣ったのはあたしの手を掴み何処かへ向かう左之助さん。

「左之助さん、今からどちらへ…?」
「公家御門だ」

公家御門といえば、まだ長州の残党がいる場所だ。十番組は殿を勤めることが多い故、腕の立つ者達が多い組。そんな組に、ただの小間使いが一緒に居ると迷惑にしかならないとは思うけど。
まぁ、あたしの場合ただの小間使いじゃないけれど。
さっきの土方さんの様子から、あたしを勝手に連れて行った左之助さんの独断。

「…あとで土方さんにしょっ引かれても知りませんよ?」
「おいおい、俺を見捨てる気かよ」
「……守ってくれるなら、貴方の味方になりますよ」

小さく呟くように言ったあたしの言葉に、左之助さんはあたしの方を振り返り笑う。

「当たり前だ」

それなら、あたしはその言葉を信じるだけです。

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