影と日の恋綴り | ナノ
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 出陣への参加

元治元年七月。
蒸し暑い日が続く京。池田屋事件から、都に長州の藩兵が押し寄せていたりして、市中は慌ただしい様子を見るようになった。
何かある。
静かに動きつつある世の中に、あたしは目を細めるのだった。

「千鶴、半分お願いね」
「はいっ」

そんなある日の事だった。千鶴と一緒に幹部全員のお茶を淹れ、広間へ入る。幹部全員のお茶を淹れるのは早々なくて、千鶴が手伝ってくれたけど少し手間取ってしまった。

「失礼します。…皆さんのお茶をお持ちしました」
「すまねぇなあ、緋真ちゃん、千鶴ちゃん。そうやってると、まるで小姓みたいだな」

新八さんがそう言っているけれど、それに対してあたしは喜んでいいのか分からなかった。千鶴も同じようで苦笑を浮かべるだけ。二手に分かれて、皆さんの前にお茶を持っていった。井上さんはあたし達にお礼とお詫びを言うけれど、あたし達は預かりの身だから気にしていない。すると、視界の端で沖田さんがお茶を一口のんで目を細めた。
あ、もしかして冷めたものだったのかも。

「沖田さん、もしかしてそれ冷めちゃってました?」
「別に。……ちょっと温いけどね」
「どっちなんですか」

ジト目を送るものの、沖田さんは知らぬ顔。相変わらず飄々としている、と思っていた時だった。引き戸が相手、近藤さんは朗々とした声を張り上げた。

「会津藩から正式な要請が下った。只今より、我ら新選組は総員出陣の準備を開始する!」

その言葉に、わっと皆から歓喜の声が湧き、広間に響いた。近藤さんも「ついに会津藩も我らの働きをお認めくださったのだなあ」と感慨深い声を上げ、嬉しそうだった。
それもそうだろう。会津藩から直々の要請を頂くということは、重大な事でもある。それを承るということは、なんとも誇らしい事でもあるのだから。
しかし、土方さんは渋い顔をしていた。

「はしゃいでる暇はねえんだ。てめえらも、とっとと準備しやがれ」

土方さんの話曰く、長州の兵達はすでに布陣を終えているらしい。つまり、会津藩は行動が遅いという事を意味していた。それに対して土方さんは愚痴を溢していて、あたしはそう思うのも仕方ないと納得してしまいそうになる。
すると、山南さんが沖田さんと平助を見て言った。

「沖田君と藤堂君は、屯所で待機してください。不服でしょうが、私もご一緒しますので」

山南さんは軽く左腕を擦って目を伏せた。沖田さん達はまだ池田屋事件での怪我が完治していない。それもあって、自分と同様に待機するように言っているのだろう。
それにしても最近山南さんってば自虐的発言が多いぞ。
反応に困っているのは目に見えて分かって、あたしはため息を溢して山南さんに言った。

「山南さん、病は気からと言いますよ。今回は仕方ない事なんですから、今は治すことに専念しましょうよ」
「そうですね。ま、傷が残っているわけじゃないですけどね、僕の場合。でも確かに本調子じゃないかな」

沖田さんは山南さんの自嘲をさらりと受け流した。あたしとは違うけど、その躱し方もありか。平助も不服そうのようで、大袈裟な怪我じゃないとか近藤さんたちが過保護だとかいう。皆は気にしていないようで、慣れてしまったようでもあるみたい。
自分も早く慣れよう。そう思っているのか、千鶴が隣でグッと拳を握ったのが見えた。
けど、ごめんね。

「…あら?昨日薬を塗った時に悲鳴を上げてたのは誰だったかしら?」
「え?」
「ちょ、うわ!そういうこと言う!?緋真は武士の情けとか無いのかよ!」
「けど、緋真の言う通りだろーが」

あたしに便乗して左之助さんが言えば、平助は眉を寄せてそっぽを向いた。

「……せめて女の子の前では、黙っててくれたっていいじゃん」

そう言って千鶴を見る平助。すると、千鶴は一瞬きょとんとした顔をしたかと思えば「別に大丈夫だよ?痛いものは痛いんだと思うし」と見当違いな事を言った。
平助が言いたいのはそうじゃないのよ、千鶴…。
すると、新八さんが何か思い出したかのように、千鶴を見て言った。

「そういえば、千鶴ちゃん。もし新選組が出陣することになったら、一緒に参加したいとか言ってたよな?」
「!」
「……え?」

反射的に千鶴を見た。新八さんの言葉に、幹部の皆も一斉に千鶴へ目を向けてしまい、本人はたじたじに。しかし、近藤さんはパッと笑顔になって「こんな機会は二度とないかもしれん」と言って、千鶴の出陣参加にあっさりと賛成したのだった。しかし、それを反対したのは副長様。

「今度も無事で済む保証はねえんだ。お前達は屯所で大人しくしてろ」
「君は新選組の足を引っ張るつもりですか?遊びで同行していいものではありませんよ」

土方さんに続いて山南さんも反対の言葉を述べた。ちょっと言い方とか冷たいけど、意見は同意だった。あたしも千鶴を見て言った。

「池田屋での話を聞いたけど、渦中に入って危ないところを沖田さんに助けてもらったのでしょう?千鶴、危ない目に遭うかもしれないんだから、あたしと一緒に屯所で居ましょう?」
「お姉様……」

危ない目に遭わせたくない気持ちもあるから言ったら、千鶴は自分が軽はずみな発言をしてしまったと反省しているようだった。そこまで落ち込まないで欲しいけど、ってそもそも新八さんが言わなかったらいい事だったよね。そうだよね。新八さんに対して怒ればいいのかしら。
責任転嫁しつつ思考を巡らせていると、斎藤さんが山南さんを見て口を開けた。

「山南総長。それは、彼女が迷惑をかけなければ同行を許可すると言う意味の発言ですか?」
「え?」
「ちょ…斎藤さん…!?」

斎藤さんの発言には千鶴もあたしも、そして山南さんも驚いてしまった。
斎藤さんまでも千鶴を参加させたいというのだからそれは驚きだよね。けど、斎藤さんの真意としては、池田屋事件で自分達の助けとなった千鶴は足手纏いとは言えないということ。
千鶴を褒めてるけど、それ屁理屈!
でもこれ以上反対しても意味が無いと分かってしまい、あたしは小さくため息を溢すだけだった。近藤さんが千鶴の参加に関しては全責任を持つという始末。千鶴は沖田さんの言葉もあってか、参加すると言ったのだった。
土方さんもこれ以上言っても無駄だと分かったようで、諦めのため息を溢した。けど、彼はすぐにあたしを見た。

「奴良」
「はい?」
「てめえも連れて行くからな」
「……え?」

土方さんの言葉に、あたしは自分の耳を疑ったのだった。
しかし聞き間違いでもなんでもなかった。誰もが皆、土方さんの言葉に驚き、声を上げていた。

「土方くん…!?」
「なんで緋真もなんだよ、土方さん!」

山南さんが彼の名前を呼び、平助も理由を求めた。声を上げずも、沖田さんや斎藤さんも土方さんに理由を求めていた。あたしも驚いたけど、何か意図があってそう言っているのだろうと思うと冷静になれた。
土方さんの言葉を待つ。

「古高俊太郎捕縛の際、浪士と一戦交えそうになった隊士を止めたそうだな」
「…はい」
「その時のお前の覇気はなかなかのもんだったとも聞いた」
「…まさか土方くん、奴良くんを一隊士として扱うつもりですか……!?」

土方さんの言いたい事が分かった山南さんがそう言えば、彼は否定も肯定もしないでただ目を伏せるだけだった。

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