影と日の恋綴り | ナノ
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 黄泉にも天国にも

「奴良」

昼食後のことだった。巡察に左之助さん率いる十番組と、新八さん率いる二番組、そして千鶴を見送ったあたしに声を掛けたのは土方さんだった。今から少しゆっくりして、夕餉の準備をしようと思ったんだけど、どうやらゆっくりする時間はないようだ。
土方さんの表情が硬くなっていた。

「なんでしょうか、副長」
「俺の部屋に来い」
「……」

あたしってば、何かしたみたいだ。
心当たりがないわけではないけど、この人に見られていないはず。告げ口されたのだろうか。もしそうだとしたら、当てはまるのは一人だけ。でも、約束を守ってくれる人だからそんな事しないはず。
考えながらも、土方さんに「はい」と返事をしてあたしは土方さんの後を追った。ついて行くまで始終無言で、だんだんと肩の重荷がかかっていく。
短いはずの執務室までようやく辿り着き、土方さんに続いて中に入った。ら、そこにいる人物にあたしは目を見開いた。

「山南さん…!」
「先ほどですね、奴良くん。今日も昼餉、美味しかったですよ」
「あ、ありがとうございます…じゃなくて、どうしてここに…」
「君同様に、土方くんに呼ばれたのですよ」
「………」

おこがましいけれど、山南さんの隣に座る。土方さんは自分の定位置に座って。腕組をしてあたし達をみた。
その目が鋭く、怒っているように見えた。

「奴良」
「は、はい」
「単刀直入に言う。お前、池田屋に来たみてぇだな」
「!」

やっぱりこの話か。
当たりだと思った反面、世間話もなしに唐突に聞かれて、あたしは誤魔化すことが出来なかった。分かりやすいほどに態度にでたあたしに、山南さんも土方さんもため息を溢した。

「当たりみてぇだな」
「……どこでそれを聞いたのですか」

驚くあたしをよそに、山南さんは驚くことなく土方さんに尋ねた。土方さんは山南さんに目を向けて、渋ることなく答えた。

「原田が俺に言ってきた」
「っ……」

そうか、左之助さんが言ったのか。
そうだった。あたしの姿を見たのは、山南さん以外にも彼がいた。土方さんは止まらず「どういうことだ」とあたしに尋ねた。ビクリ、と身体が震えたのは咄嗟の事だった。山南さんがあたしに視線を向ける。
誤魔化すことなんて、できない事は最初から分かっていた。

「…昼間、巡察に行った時に遡ります。沖田さん達と一緒に行った巡察途中で、とある建物から妖気を感じたのです」
「……」
「その時は、気のせいかと思うほどでした。しかし、夜になるにつれてその妖気は、此処まで感じるものになりました」
「…その建物ってのが」
「はい。池田屋でした」

あたしは小さく息を吐いて、池田屋から感じた妖気に妙な胸騒ぎをし、山南さんに池田屋へ行く許可を貰ったと土方さんに言った。その時に山南さんを一瞥し、土方さんは続けるようにあたしを見た。
左之助さんとは違う見方だけれども、浪士の一人に妖が憑りついていて隊士の一人、奥沢を殺そうとしていたのを助けた。そう告げると、深く刻まれていた眉間の皺が少しだけ浅くなったのに気付いた。頭ごなしに否定する様子のない土方さんに安心しつつ、あたしは続けた。

「京都は、昔から妖が集う場所です。この国で最も尊い土地だと思う都であり、そして最も多くの血が流れた場所。天国にも、そして黄泉にも近い都…それが京都です。世が再び戦乱となりつつある時代に妖がこの都へ集まり跋扈してもおかしくないのです」
「……つまり、妖怪が人間を襲うってか?」
「その通りです。弱い妖怪から、大妖怪まで、己の天下統一を目指すとなれば妖怪は一切の躊躇もなく人間を殺しましょう。そして、生き胆信仰がまだ残っている今、女子供は妖怪に狙われやすいのです」
「!」
「生き胆信仰…ですか…」
「はい」

理解を、納得をしてもらうために、あたしはあの日の夜にあった出来事を事細かに伝えた。奥沢に霊力があり、狙われたかけたこと。浪士に憑りついていた妖は古くから京都に棲む鬼であった事も。
重ねて告げる事実に、二人は驚きと戸惑いを隠せずにいた。しかしこれは実際に起きたこと。豊臣政権の混乱に乗じて、妖どもが力を得ようとしているのも事実。
それを踏まえて、あたしはお願いしたい事があった。

「副長」
「…なんだ」
「お願いします。私を夜中の時に都の巡察をさせていただけないでしょうか」

人間に仇なす者は許さないという、畏れの代紋のもと。
あたしにだって矜持というものがある。
頭を下げ、お願いするあたしに二人は息を呑む。あたしは預かりの身でもある。出しゃばるなと思われるかもしれないけど、人間が妖に太刀打ちできるはずがないのだ。

「……頭を上げろ、奴良」

恐る恐る顔を上げる。あたしの目に映ったのは、穏やかな目をした土方さんだった。

「お前の正体を知っているのは、俺と山南さん、そんで近藤さんの三人だけだ」
「そう、ですが…」
「俺達で指示を出す。…毎日出させるわけにはいかねぇからな」
「!」

つまり、あたしが夜の見回りに出てもいいという事。
思わず山南さんを見ると、あたしを見て笑みを浮かべていた。彼も反対するつもりはないということ。

「っ…ありがとうございます」

もう一度、深く頭をさげてお礼をいった。

「奴良」
「はい」
「くれぐれも、他の隊士に姿を見られるんじゃねぇぞ」
「…もちろんです」

こうして、あたしは週に二回の頻度で、夜の京都を巡回することになった。
あたしがこれからすること。それが分かりつつある中、世の流れはゆっくりと動きつつあった。
元治元年七月の出来事だった。

「会津藩より、正式な要請が下がった。長州制圧のため出陣せよとの事だった」

一つ、歯車が回り始める。

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