影と日の恋綴り | ナノ
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 粋な計らい

あの池田屋事件から数日後のこと。土方さんに頼まれて
あたしと千鶴は幹部の皆さんに粉末状のお薬と熱燗の清酒を盆にのせて持って来た。

「お薬です」

千鶴は土方さんに言われた通り、山南さんにも渡す。山南さんはまさか自分も飲むとは思っていなかったようで、驚いていた。しかし、副長の命令であれば仕方ないと分かっているようで観念し、薬に手を伸ばした。

「はい、沖田さんと平助、新八さんも」

池田屋事件で怪我を負った人には必ず飲ませている。それも土方さんの命令だから、文句も言えない。すると、千鶴が皆に渡したお薬を見て尋ねた。

「このお薬って、特別な処方をしたものなんですか?」
「石田散薬か?ま、特別っちゃ特別だな」
「石田…散薬…?」
「土方さんの生家で作られているお薬だそうよ。打ち身に切り傷に特効があるそうなの」
「本当何だかどうだか…」

千鶴の問いに答えた左之助さんの言葉に詳しく言うと、平助はいらない事を言ってしまった。しかも、そのあと薬を流し込んで「まずっ」と噎せて顔を顰めた。

「…試してみるか?」

せっかく作ってくれたお薬に対しての酷い言われように土方さんも静かに怒っているようで、平助に向けて拳を構え見せたのだった。慌てて平助が謝るけど、傷が増えたらシャレにならないって言った事に皆が声を上げて笑った。

「平助ったら、馬鹿ね」
「う、うっせ…」

あたしの言葉に言い返せない平助はそっぽを向いたのだった。殻になった包み紙とお猪口をもらい受けていると、井上さんが眉を顰め話を変えた。

「…それにしても、沖田君や藤堂君に怪我をさせる程の奴がいたとはね」
「…次に会ったら、勝つのは僕ですから」
「……」

皆が話に出したのは、先日の池田屋事件の事だろう。話によれば、怪しい二人の男。一人はガタイがよく、もう一人は金髪に赤い眼だったそうだ。
それはきっと、あたしも見かけた人達。二つだけ違った気配を感じていたけど、この目に映してからは分かった。

「(間違いなく、鬼…。京妖怪の、鬼童丸みたいに、鬼の眷属の一人かしら…?)」

しっかりと感じたわけじゃないからなんともいえない。平助の話によれば、長州の者ではない言ったそうだ。そこから斎藤さんは何らかの目的で侵入した他藩の密偵かもしれない」と言うのだった。
当面の目的が分からない以上、深く考えても仕方ない。
そう言って土方さんは幹部の皆さんにいつも通りの執務をこなすように指示をしたのだった。



(原田side)

解散後、俺は土方さんに呼ばれた。珍しい事でもあるもんだと思いながら、土方さんの部屋へ行けば、今日の巡察の事についてだった。

「今日の巡察、雪村も連れて行け」
「千鶴を…?どうしてまた…」

たしか、緋真から聞いた話今日はアイツの巡察する日じゃなかったはずだ。真意を理解できなかった俺は眉を顰め、土方さんを見た。俺の視線に耐え切れなくなったのか、土方さんは小さくため息を吐けてまた言った。

「今日は、道草くってもいい」
「……?」

話は以上だ、とこの話をさっさと終わらせたかった土方さんは書き仕事に入ろうとしていた。
道草?普段はさっさと帰るよう指示するあの土方さんが、そう言うなんて珍しい事もあるもんだ。意外な一面を見た驚きだったが、ふと今日の日付を思い出す。
今日は祇園祭の宵山だ。
なんだ、そういうことか。

「クッ…分かったよ。副長からの御命令なら、道草くって帰るぜ」
「ふん、勝手にしろ」

刺々しい言い方だが、これは単なる照れ隠しってのは長年一緒にいたから分かること。声には出さないで、笑って俺は部屋を出ようとした。
けど、足が止まった。

「…?どうかしたのか、左之」

俺が出ていかない事に疑問に思ったのか、声を掛けた土方さん。不思議がるのも仕方ねぇか。俺は出て行こうと思ったが、やめて土方さんの方を向いた。

「なぁ、土方さん」
「なんだ」
「緋真って、ずっと屯所に居たよな」

俺の問いの意味に土方さんは真剣な表情に。それに倣って、俺ももう一回土方さんの前に座った。土方さんは「山南さんと一緒に居たはずだ」と、つまりは屯所にいたはずだと答えた。

「何かあったのか」
「……裏口で浪士たちを捕まえる時、奥沢は倒れてた。浪士に殺られたかと思ったが、奥沢は生きてた」
「ああ。何があったのか知らねぇが、奥沢はほぼ無傷だったって聞いたが…それは、お前が助けたんじゃなかったのか」

その言葉に、そういう事になっていたんだと思い出す。
奥沢は気失っていただけで、新田と安藤が傷を負っていた時、咄嗟に俺は誰にも言うなと言ったんだ。
あの時に見た、着流しを羽織った女を。

「…奥沢を助けたのは、俺じゃねーんだ」
「なに…?」

ずっと目に焼きついたまま。
目を閉じれば、くっきりと映し出される姿。桜の花びらが舞う中、こちらを振り返って見た女。怖がりもしないアイツは、不敵な笑みを浮かべ、一瞬で消えた。

「あの時、奥沢を助けたのは刀を手にした女だった。それも、緋真に似ていたんだ」

妖艶な姿だが、どこか幼げな顔つき。
それは、屯所で待機していたはずの緋真と似ていた。
この事をとりあえず報告すべきだと、使命感に駆られて言ってみたはものの信じてくれるか不安だった。しかし、土方さんの反応が見あたくて顔を上げた時、目を瞠った。

「…土方さん、あんた何か知ってるのか…!?」

いつもは表情を変えないはずの土方さんが、徐に顔に出していた。別に問い詰めたいわけじゃなかったが、口から出た言葉は土方さんが知っているってのを前提に言っているようなもんだった。

「土方さんは、アイツを知ってるのか!?」
「原田」
「!」

呼ばれただけだ。
ハッと我に帰れば、土方さんに近付いていた自分の身体。冷静になって、席に戻り「…悪ィ」と謝罪する。土方さんは特に何も言わねーで、小さく息を吐いただけ。

「その事、誰にも言うんじゃねーぞ」
「…どういう」
「お前の気のせいだ」
「……」

土方さんは俺に教えるつもりはないらしい。
けど、俺自身誰にも言いふらすつもりはないから、素直に了承の返事を出すしかなかった。
それ以外で土方さんと特に話すことはない俺は部屋を後にした。巡察は千鶴が来るって事を隊士に伝えないといけない事を思い出しながら、気付けば俺の足は別の場所へ。

「…」

微かに匂う香ばしい香り。トントン、と小刻みに聞こえる音。立ち昇る煙。そんな中、耳に届くのは心地よい歌声。何の歌かは知らねぇが、その歌を聞いていると、自然と俺の心は綻び、口元に笑みが浮かぶ。
わざと足音を立てば、歌が途中で終わってこちらへ振り返る娘。
その仕草が、あの日の夜と重なった。

「あら、左之助さん。どうかされたんですか?」

料理を中断し、笑って声をかける緋真。普段は下ろしている髪を一纏めにして、邪魔にならないようにしている姿は、滅多に見ないモンで、それを見るのが好きでもあった。

「いーや、なんでもねーよ」
「暇なんですか?あ、でも午後から巡察と聞きましたよ。千鶴が今日は巡察の日じゃないのに行くなんて、って少し不思議がってましたけど」

千鶴からすでに聞いてたのか、そう言う緋真。千鶴が不思議に思うのも無理ねーわな。まさか、あの土方さんが計らってくれるとは思ってねーんだから。

「ま、たまにはそういうのもあるだろ」

目を閉じてそう言えば、緋真は笑って「そうですね」と肯定したのだった。
緋真とあの女がどういう関係か分からねぇ。まったく関係ないかもしれない。けど、今のところ分からない事だらけだ。平助達が戦った奴等と関係しているかもしれない。
色々気になることばっかだが…。

「緋真」
「ん?」
「今日の飯も、楽しみにしてるぜ」
「……はい」

この笑顔を守りたい。それだけだ。

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