影と日の恋綴り | ナノ
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 再び顔合わす

妖気が消えた。鬼哭で斬るのは妖のみ。鬼に憑りつかれていた浪士は、生気をずっと吸われていたのかそのまま糸がプツリと切れて気失った。

「……」

池田屋の妖気の正体はあの鬼で良かったのだろうか。
確かに昼間に感じた妖気はあの鬼のものだった。けど、それとは違う微かな妖気も混ざっていた気がしたんだけど…それはあたしの勘違いだったってことかしら…。
刀を収め、浪士をじっと見る。死んではいないから問題ないが、まぁすぐに隊士に捕縛されるはず。

「……ぁ、なた…は……」
「!」

微かに耳に拾うことが出来た声。ハッと弾くように振り返れば、倒れた隊士が顔を上げてこちらを見ていた。
奥沢が意識を戻したのだった。
驚いたのはそれだけじゃなかった。あたしは今、姿を消している状態だ。人間に姿が見えるはずがない。けど、意識がまだ朦朧としている奥沢は、あたしを認識している。

「……あんた、視えてんのね」

つまり、奥沢にはわずかながらも霊力を持っているということだった。
あたしが奥沢にそう言えば、彼は掠れた声ではい、と答えた。喉を圧迫されただけで、他に外傷はない。他の隊士たちや長州の浪士たちはさっきの浪士の異変に動揺を隠せずにいて、呆然と突っ立っていた。先に我に帰るのはどちらかだろうか、と他人事のように思った。奥沢は、身体を突っ伏したままあたしに言った。

「助けてくださり…感謝、致します……」
「……」

感謝の言葉だった。まさか、礼を言われるとは思わなくて目を丸くした。
たとえ助けられたとしても、あたしは妖怪だ。自分を襲ったのは妖怪で、助けたのも妖怪。感情は恐怖が勝る。恐怖でいっぱいの中助けられたとしても、同じ妖怪と見られて拒絶が生まれる。
なのに、奥沢は違った。

「……へぇ…」

“夜のあたし”は笑った。
そして、人間の前に姿を現した。

≪まったく、勝手な事をしてくれるじゃないの…≫

“昼のあたし”は呆れたように笑った。

「あんた、変わってるねぇ」
「そう……で、しょうか……」
「妖に襲われて、妖に助けられて、一番強く抱く感情は恐れ。なのに、アンタはあたしを恐れなかった」

奥沢が意識を戻した事に気付いた隊士たちだったが、すぐそばにいつの間にか立っていた女に息を呑んだ。しかし、我に返った浪士たちに刀を向けられた事で、気にする余裕はなくなった。
それ幸いに、あたしは奥沢に続けた。

「これでもし、あたしがアンタをこのまま首を狩ってもおかしくない」
「……そ、れは…それは…」

なんて、畏ろしい事でしょうか。
口を閉じた。奥沢は口元に弧を描き、そう言った。言った言葉の意味が違うことくらい、分かっていた。奥沢は、あたしに恐怖ではなく、畏怖の念を抱いたという事。呆れてもおかしくない。まるであたしに殺されるのは躊躇しないと言っているのと同じなのだから。人に畏れを抱かせるのは、弟のほうが適してると思ってるあたしからしたら、これは困ったものだ。

「…変わり者ね」

もう一度そう言うしかなかった。
その時だった。

「こそこそ裏から逃げるんじゃねーよ!」

聞き慣れた声に身体が勝手に反応した。気になり目を向ければ、裏口から逃げようとしていた浪士たちの姿が。
まさか他の隊士たちを殺ったの…!?
裏口とは違う場所へと向ければ、満身創痍の様子の隊士たちが。重傷とはいかないが、怪我を負わされて動けない状態だった。どうやらあたしは奥沢と話しすぎたようだ。

「あたしの役目は終わりね…」

呟いた時、彼らは現れた。

「安藤!新田!もう大丈夫だ!気をしっかり持て!!」

浅葱色の羽織を纏い、槍を手にした男。
逃げようとした浪士たちを一瞬で斬殺し、裏の援護に回ってきた者たち。自隊の隊士の容態を確認し、男はもう一人の隊士へ目を向け、固まった。

「奥沢…、ッ!?」

倒れている奥沢、そしてその傍らに佇むあたし。
援軍の登場に安心したのか、奥沢は再び気を失ったようで、それを見たあたしは、ゆっくりと流すようにして彼を見た。
季節外れの桜の花びらが舞った。

「お前…っ」

以前にあたしを見たことのある彼は、咄嗟に槍を構えた。倒れた隊士の傍に不審な女が立っているってなると、思わずあたしが殺したと考えてもおかしくはないもの。
けど、感情的にはならないで、構えた槍を一度下ろしてあたしに尋ねた。

「…アンタが、そいつを殺ったのか……?」
「……」

答えなかった。答えたところで信じるのか、と思った。
一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、あたしに警戒心を解かそうと小さく笑って言った。
本人はあたしを強く警戒しているというのにね。

「……答えちゃくれねぇか?」
「……」

答える気はなかった。
小さく笑ってみせるだけ。
瞬間、彼は目を瞠る。何がそこまで貴方に驚かせるものがあったのかは分からない。分かることもない。
彼の問いに答えることはなく、あたしは姿を消した。

「……消えた…」

当たりをキョロキョロ見渡す彼だったが、気配も分からず仕舞いで終わった。そして、今は御用改めの最中であることを思い出して、隊士に指示を出して裏口から逃げようとする浪士たちを取り押さえるのだった。

「…奴良組は、あるのかな……」

新選組の様子を、池田屋付近の屋根の上に立ち眺めながらあたしは呟いた。
あの鬼に聞こうにも、あっちが勝手に襲い掛かってきたから聞かれず仕舞いだったのだ。せめて情報をくれてもよかっただろうに、とため息を溢した。しかし、この世界でも生き胆信仰が存在する事は分かったのはいい収穫なのだろう。

「ん……?」

騒ぎが落ち着きつつある中、二つの気配が池田屋から去って行くのが分かった。
人ではないのは瞬時に気付いた。
気になり気配を追って見れば、池田屋から遠ざかろうとして家々の屋根を飛んでいく二人の男が見えた。じっと見つめてしまっていたから、気付かれたのだろう。二人のうちの一人、金髪の男が自分の方に目を向けた。
視線が交じりあう。

「……」

鬼。

「……良くも悪くも、京には妖が集う…か……」

そう呟いて、あたしもその場から去ったのだった。

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