▼ 池田屋へ
左之助さんと別れて、あたしは土方さんが待つ副長室へと行く。すれ違う隊士たちは皆気合いを入れていて、各々が誇りを羽織っていた。
「奴良です、入ります」
名前を告げて、中へ。すると、土方さんは入ってきたのがあたしだと分かって、眉間に皺を寄せた。
「てめぇなあ、入る時は相手の許可を待ちやがれ!」
「あら、ごめんなさい。つい癖で」
「お前は総司か」
土方さんからまさかツッコミを入れらるとは思わなくて、くすりと笑ってしまった。笑ったあたしに怒ろうとした様子だが、気が削がれたとでもいいたげにため息を溢した土方さん。しかし、すぐに真剣な顔つきであたしを見た。
「お前は雪村と共に屯所で待機していろ。いいな」
「はい、分かりました」
「山南さんとも話したが、屯所が手薄な状態を攘夷派浪士どもが黙って見過ごすとは思っちゃいねぇ。緋真、もしもの場合、山南さんと一緒に此処は任せたぞ」
「……御意に」
その言葉はあたしを疑っているなんて微塵も思わないものだった。そんな事を言われたら、是が非でも貴方方が帰ってくるこの屯所を守らなければならないじゃない。
強く意思を持って返事をすれば、満足げに土方さんは小さく笑みを溢した。が、すぐに眉間に皺を刻み立ち上がる。
「頼んだぞ、緋真」
「……ええ。お気をつけて、副長殿」
土方さんは副長の顔となり、集まっている隊士たちの元へと急いで向かった。あたしも、此処にいるわけにはいかないでの、千鶴の事も気になり土方さんの後をついて行った。
程なくして、新選組は二手に別れて出立した。それを見送るあたし達。怪我をして欲しくないと願うばかりだった。
「我々は待機しておきましょう」
「はい…」
「……」
山南さんの言葉に千鶴は元気のない返事をし、中へ戻ろうと背を向ける。しかし、あたしはじっと皆が向かった道の先を見続けていた。
胸騒ぎがする。
千鶴が動かないあたしの名前を呼んだため、考え事をやめて可愛い妹分を安心させるように笑顔を溢してあたしも中へとはいった。山南さんはあたしの様子に何か気付いているようで、何も言わなかった。
それから数刻後、屯所で待機していたあたし達に伝令が届いた。
「本命は池田屋…!」
「すぐに土方副長のいる四国屋へ伝えに行きます」
「……」
やはり、史実通りだったか。
それを顔には出さず、あたしは真剣な顔つきで山南さんを見た。山南さんは何かを考えるような素振りをし、次いで千鶴を見た。
「…雪村君、君も山崎君に同行してください」
「え!?私が、ですか?」
「…なるほど、その方がいいと思います」
山南さんの言葉にあたしは賛同した。しかし、山崎さんは一刻を争う事態のため、冷静な判断が出来なかったようで、一人で行けると言った。が、それを山南さんは制した。
「足止めをされた場合、一人より二人のほうが確実です。行ってくれますね?」
「はい!行きます!」
千鶴は意を決した。それに安心しつつも、二人でいくからと言って安心も油断もできない。それに、昼間に感じた妖気のことを考えれば、人間だけに警戒はよくない。
そう思うと、あたしは千鶴に歩み寄った。
「千鶴、これを」
「?お姉様、これは…?」
「護り珠です。強く願えば、必ずあなたを守ってくれるわ」
百物語組との抗争で巻さんと鳥居さんにも渡した護り珠。これがあれば、一度は彼女を妖共から守ってくれる。お守りだと思ってて、と言えば千鶴は嬉しそうに礼を言ってくれた。そして時間が無いために、すぐに二人は出立した。
それを門前まで見送ったあたしと山南さん。千鶴達の姿が暗闇の中へ消えた。
その時だった。
「!?」
弾かれたように顔を見上げた。
昼間に感じた妖気が強くなったのだ。昼間に禍々しい気を放っていたものがさらに大きくなったということは、何かが起きているという事。
彼らが戦っている場所で、妖がいる。
「山南さん!」
思わず屯所に戻ろうとした彼に声を掛けた。血の気を引いたあたしを見て目を丸くした山南さんだが、すぐに真剣な表情になってどうしたのか、と聞いてきた。
さっきまで冷静だった自分は何処かにいってしまった。
「今すぐあたしを池田屋に行かせてください…!」
「それは、何故ですか…?」
「っ……昼間に、感じたんです…」
「何を…?」
あたしは必死な形相になって、山南さんに言った。昼間に池田屋から感じた妖気のこと。それが、今はっきりと此処に居るのにわかるほど大きくなっていることを。
「お願いです、行かせてください…!」
ガバッと頭を下げる。土方さんから頼まれたというのに、あたしは自分から破ろうとしている。情けない。でも、あの妖気の正体である妖が、今も池田屋で戦っている隊士たちの命を狙っているとしたなら…。
「妖怪の仕業だったら、人間が太刀打ちできるはずがない。京妖怪の仕業なら、生き胆を狙ってくるかもしれない…!」
「……」
山南さんに必死に願い請う。彼らを守りたい。
「奴良君…」
「奴良組は、人に仇なす奴を絶対に許さないんです」
「…」
「だから、妖怪に殺される隊士たちを見たくない…!」
こんな事をしている間にも、妖気は強大化していった。戦場の最中だからこそ、人の怨念が集まりやすい場所なのだろう。それを餌に、妖は力を得ているのかもしれない。
数秒ほどの時間が経って、山南さんが小さく息を吐いたのが分かった。なんだか怖くて、ビクリと肩を揺らしてしまった。
「顔を上げなさい、奴良君」
「……」
そう言われ、おずおずと顔を上げて目を丸くした。
山南さんは柔らかい笑みを浮かべていたのだった。
「私は、貴方が逃げるなどと微塵に思っていません」
「山南さん…」
「行きなさい。私の代わりに、皆をお願いします」
「……はいっ」
山南さんの思いを受け取り、あたしは強く返事をした。
嬉しかった。自分を信じてくれているという事が。あたしが逃げないなんて思わないで、行くように言ってくれるだなんて。
嗚呼、なんだろう。身体が熱い。いや、違う。
身体が滾ってしまったみたい。
「ただし、皆さんが帰ってくる前に戻りなさい。誰かに見られると、怪しまれますよ」
「当たり前じゃない」
桜の季節は過ぎているというのに、山南さんの目の前に桜の花びらが舞った。花弁に目を向けた山南さんは、その奥に立つ“あたし”の姿に目を見開いた。
「すぐに、戻るわ」
それは“夜の姿”のあたし。腰のかけた長ドス刀に手を置いて、畏の代紋の羽織を肩にかけ、山南の目の前で消えたのだった。
「人に仇をなすってなら、許さない」
大きく跳躍し、池田屋へと向かった。
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