影と日の恋綴り | ナノ
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 古高俊太郎

屯所へ帰ったあと、あたし達を待っていたのは山南さんの厳しいお小言だった。あたし達は説教をされてからずっと正座をさせられている。

「大したお手柄ですね。桝屋に運び込まれた武器弾薬を押収し、古高俊太郎を捕えてくるとは」
「いいじゃないですか。うまくいったんですから」

桝屋からは大量の武器が発見されたのは、千鶴達の元へ向かってから分かったこと。日本史学専攻だった“私”は分かるのだけど、千鶴は何の説明もされてないまま、騒動に巻き込まれて屯所へ戻ってきたのだった。
けど、怪我がないようで良かった…。
でも、新選組からしたらそういう問題ではなかった。

「桝屋喜右衛門と身分を偽っている人間は、長州の間者である古高俊太郎だった。我々新選組はその事実を知った上で、彼を泳がせていた。……違いますか?」
「その通りですけど……。でも、捕まえるしかない状況だったんですよ」

山南さんの刺々しい言葉に、沖田さんは口をとがらせて反論した。まるで親に怒られる子供みたいな様子だったけど、内容はまったくもって可愛らしいものじゃなかった。

「ま、総司の言う通り、ある意味では大手柄だろうな」
「でも古高を泳がせるために頑張ってた、島田くんや山崎君に悪いと思わないわけー?」

左之助さんに続いて平助がからかうように言った。あたしはその言葉につい後ろに控えていた監察方の島田さんと山崎さんを見た。自分達にまさか振られるとは思っていなかったのか、島田さんは慌ててフォローした。

「藤堂君のお気持ちもありがたいが、我々のことはあまり気にせんでください。私らも古高に対して手詰まりでしたから、沖田君たちが動いてくれて助かりましたよ」

それに同意するように山崎さんも頷いた。結果論を述べる山崎さんたちに新八さんが感心したように言うのも束の間、沖田さんに嫌味を言うように視線を向けた。
そんなに沖田さんばっかり責めなくてもいいじゃないですか…。
口を開けようとしたあたしだったけど、それよりも黙っていることが辛くなった千鶴が口を開けた。

「……私が悪いんです。浪士たちと小競り合いが始まって、邪魔しないようにしようと思って……。人の波に押されて沖田さんから離れたとき、すぐに戻ろうとしなかったんです。気が付いたら桝屋の前で、店の人に新選組だと声を立てられてしまって」
「千鶴……」

一生懸命に説明する千鶴だが、それは言い訳にしか聞こえない。そんな千鶴の言葉を、山南さんは非情にも斬り捨てた。

「君への監督不行き届きは、誰の責任ですか?一番組組長が監視対象を見失うなど……。全く、情けないこともあったものですね?」
「……」

冷たい言い方だけど、正論でもあったからあたしは千鶴を庇う事が出来なかった。
大坂での一件で、性格が変わってしまった事にショックを受けている千鶴。でも、全部が変わったわけじゃないんだよ。山南さんは、今でも優しいんだから。
そう言って何になると言われるだろうから、あたしは静かにするだけだった。
その時だった。障子が開いて、土方さんが入ってきた。土方さんは自分が外出を許可したとも言って、あたし達を庇ってくれた。すると、左之助さんが土方さんに声を掛けた。

「……土方さんが来たってことは、古高の拷問も終わったんですか?」
「『風の強い日を選んで京の都に火を放ち、あわよくば天皇を長州へ連れ出す』。それが奴らの目的だ」

土方さんの凛とした声が響き、皆はそれぞれ渋面を作った。新八さんを始めに、口々に長州勢の計画の内容を逃げ逃げしげに言葉を吐き出した。

「奴らの会合は今夜行われる可能性が高い。てめぇらも出動準備を整えておけ」
「……了解しました、副長」
「……」

そうして、隊士の皆さんは各々準備に取り掛かったのだった。その様子をあたし達は黙って見ている事しか出来なかった。先の件もあって、大人しくしていたほうが得策だと思ったから。

「奴良」

あたしを呼んだのは土方さんだった。彼はすでに隊服を着ていて、いつでも出動できるようになっていた。どうかしたのだろうか、と思っているとついて来い、と言って副長室へと向かって行った。副長命令だし、仕方ないと思って千鶴に怖かったら隅っこにでもいなさい、と告げてあたしは土方さんの後を追った。
部屋を出て廊下の突き当りを曲がろうとした時だった。

「おっと」
「!」

誰かも廊下を曲がろうとしていたみたいで、ぶつかりそうになった。咄嗟に腕を掴んでくれて、支えてくれたその人は、左之助さんだった。

「大丈夫かよ、緋真」
「…はい。左之助さんが掴んでくださったおかげで」

笑っていえば、ほっと息を吐いた左之助さん。しかし、その腕を離してはくれなかった。

「左之助さん…?」
「緋真、怪我はなかったのか?」

眉を顰め、心配そうな声で尋ねられた。その言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに目を閉じ、笑った。

「大丈夫でしたよ。あたしは、巻き込まれていませんでしたから」
「……そうか」
「あたしよりも、千鶴のほうが怖い思いをしたんだもの。……あの子に怪我がなくて本当に良かった…」

父親の情報に気分が一気に上がった千鶴は、沖田さんに相談もしないで行ってしまった。山南さんの言う通り、千鶴の落ち度が原因でもあった。
でも、無事で本当に良かった。

「俺は、お前のほうが怪我なくて良かったよ。隊士から聞いたぜ。自分たちが揉め合ってた浪士たちの方を名前が任せてくれたってよ」
「……そんな事まで知ってたのですか」

何も話が出てなかったから知られてないと思っていた。けど、口元が緩い隊士たちはすでに幹部の皆に伝えていたとは…。
だからこそ、左之助さんはあたしも心配してくれたのだろう。

「あんまり、自分から前に立とうとするんじゃねぇ」
「……ありがとうございます」

素直に礼を言うけれど、従うつもりはなかった。
あたしに出来ることがあるなら、皆の前に立って身代りになる決意を持っている。死ぬつもりはないけれど、この人達を守りたいと思っているから、約束はできない。

「左之助さんも出動されるんですよね?」
「ん?ああ。俺は四国屋にな。二手に分かれるって土方さんは言ってたぜ」
「もう一つは…?」
「池田屋だ。奴等は、頻繁に使ってたからな」
「……」

その言葉にあたしは黙りこくってしまった。
史実に沿うならば、本命は池田屋だろう。四国屋に土方さん率いる隊士二十四名に対し、池田屋は近藤局長率いる隊士十名だったはず。そして、この事件で沖田さんと平助が負傷する。そして、一人隊士が命を落とすことも。

「っ…」

本命は池田屋だって言いたい。でもできない。言えるはずがなかった。
それに、土方さん達とも約束をした。あたしが約束を破るわけにはいかないんだ。でも、目の前で消える命をみすみす見逃すわけにはいかない。

「緋真」
「!」

ぽん、と優しい手つきで頭を撫でられた。ハッと面を上げれば、目を細めてあたしを見る左之助さんが。怪訝そうな表情ではなくて、あたしを安心させるような笑みを浮かべていた。

「心配するな。お前は、俺達の帰りを待ってくれたらいい」
「左之助さん……」
「女は黙って待って、男を信じてくれや」
「……」

目を瞠って、左之助さんの言葉に数秒時間をかけて理解したけど、すぐにあたしは小さく笑ってみせた。

「…お気をつけて。此処で、待ってます」

そう言えば、左之助さんは「おう」と強く答えてくれた。

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