影と日の恋綴り | ナノ
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 感じた妖気

それからすぐに、沖田さんが率いる一番組に同行しあたしと千鶴は京都の市中へ巡察しに新選組屯所を後にした。
幕末時代とはいえ、市中は賑やかだった。

「わぁ……!」

沢山の人が道を行き来している。ただそれだけの光景に、千鶴もあたしも心を弾ませた。沖田さんより先に駆ける千鶴に彼は注意するが、半年も軟禁状態だったらはしゃいでしまうのも無理ないだろう。
それに千鶴とあたしは男装。あまり女っぽい仕草を出せば、怪しまれるだろう。それにしても久しぶりの袴だな、なんて思ってしまった。袴は時々奴良組屋敷で着たりしてたから、違和感はなかった。でも、少し問題になったのは、胸のほうでした…。
さらしを巻いてるから、圧迫されててすごく、とても、苦しいです。
千鶴はつい自分がはしゃぎ過ぎた事に沖田さんに指摘され、言い訳をしていた。そんな千鶴が可愛いなぁ、なんて思っていると、沖田さんがのんびりとした口調で相槌を打った。

「まぁ、祇園祭も近いしね。町が浮き立ってるのは僕も否定しないけど。でも、攘夷派浪士たちの動きが怪しいのは本当だから。僕たちから離れて勝手に動くのだけは無しね」
「はいっ」
「緋真ちゃんも、千鶴ちゃんみたいにはしゃいではないけど、気をつけてね」
「分かりました」

沖田さんの言葉に千鶴は申し訳なさそうに顔を下に向けたけど、あたしは笑ってそう言うしかなかった。それから、巡察に入った沖田さん達一番組。あたしは京都の町並みを見つつ、千鶴は行き交う人々に父親の事を尋ね回るのだった。
それを横目に、あたしは沖田さんと一緒にいたのだが…。

「!」

妖気。
この時代ではあの紛い物以外一切感じなかった、あたしのとっては馴染み深い気配を察知したのだった。その妖気の出所を確認しようと、感知した方向にバッと勢いよく向いたのだった。
そこにあったのは、通りの近くに建てられた一つの建物だった。

「……」

禍々しい妖気を放つその建物。
その建物自体を妖気が纏っていた。

「(なんで、あんな…)」
「緋真ちゃん?どうかしたの?」

名前を呼ばれて、自分の世界に入り込んでいた事に気付く。振り向けば、心配そうにあたしを見ている沖田さん。怪しまれているわけでもなく、ただ気になって聞いた様子で、どう答えようか悩んでしまった。
しかし、沖田さんはあたしがじっと見ていた建物へと視線を向けた。

「池田屋…、あれがどうかしたの?」
「!あの建物は、池田屋というんですか…?」
「ん?うん。ただの旅館だよ」
「……」

沖田さんから教えてもらって、あたしはいよいよただ事じゃないと思い始めてしまった。
池田屋というと、新選組と関係のある建物。もうすぐ起きるであろう歴史的事件。偶然などではないように思えた。そんなところから妖気があるだなんて、誰かの悪戯なのか。
黙り込むあたしに沖田さんはハッとして、訊いてきた。

「もしかして、何か思い出したの…?」
「ぇ、あ、いえ…。…思い出したわけじゃないんですけど…」
「けど?」

繰り返す沖田さんを一瞥し、あたしはもう一度建物…池田屋を睨むように見て小さな声で言った。

「妙な気配を、感じただけです」
「……」

それ以上言うつもりがないと判断した沖田さんは「そっか」と言うだけで、周りの様子を見た。あたしも、池田屋を気にしつつも、千鶴が何処に行ったか気になって周りを見る。すると、何か情報を掴んだのか千鶴は嬉しそうな表情をしていた。沖田さんも気付いたようだった。しかし、千鶴が行った先を見て驚愕していた。

「ちょ…!」
「沖田さん…?」

何か不味いことでもあったのだろうか。慌てた様子で千鶴の元へ向かおうとした沖田さんだったが、ここでもう一つの問題が起きた。それは隊士が浪士たちと揉め合いを起こしていたのだった。自分達を侮辱されたのか、怒る隊士たち。それに気付いた沖田さんは千鶴よりも巡察の矜持を優先しようとしていた。
それならば、あたしがすべき事は沖田さんの補佐。

「沖田さん、隊士の事はあたしに。沖田さんは千鶴の方へ向かってください」
「!緋真ちゃん…」
「千鶴のほうが、まずい事なのでしょう?」
「……察しが良すぎて、怖いなぁ」

そう言って、沖田さんは千鶴の元へと向かった。それに安心しつつも、あたしは浪士と揉め合いになっている隊士たちの元へと向かった。

「一番組隊士たち、落ち着け!」
「!」
「沖田組長からの命だ。そのような浪士の戯言を間に受けるな!」

隊士たちを落ち着かせるために言った言葉。それは、浪士たちにとっては聞き捨てならない言葉だったようだ。

「なんだと貴様!」
「餓鬼の分際で、我らを愚弄したな!!」

声を荒げて、刀の鯉口を切った浪士たち。それに構えるようにして、隊士たちも刀に手を添えた。この騒動に周りの人が、京の人達が何事だと騒ぎ始めた。それは、あたし達のほうではなくて、桝屋のほうだった。何事だとそっちに目を向けた隊士と浪士たち。きっと沖田さんが暴れているのだろう。

「行け!組長一人で戦わせる気か!」
「くっ…すまん!」
「いいから、早く!」

隊士たちにそう指示を出して、浪士たちから離れさせて桝屋の方へと向かわせた。何事だと思った浪士たちも、自分達から離れていく隊士たちにハッと我に返って「待て!」と追いかけようとしたが、それをあたしが許すと思っていただろうか。

「こっから先」
「!」

ギリギリ当たらない程度に刀を抜いて、切っ先を向けた。鍔のないドス刀のあたしの剣に、浪士たちは息を呑む。微かに殺気を当てて、あたしは“夜の自分”の力も少し借りて、脅した。

「…動いてみろ。アンタらの命、無いと思え」

浪士たちは何も出来ず、あたしの殺気と気迫に怖気ずき、桝屋にて騒動を終えた隊士たちに捕縛されたのだった。また、千鶴が向かった先、桝屋には長州の間者がいたようで、切り合いになった末、捕縛することができたそうだった。

「……」

隊士たちに連れて行かれる浪士たちを横目に、あたしはもう一度妖気が感じた建物を見た。禍々しい、どす黒い気。怨念すら感じる妖気に、あたしは嫌な予感がよぎったのだった。

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