影と日の恋綴り | ナノ
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 零ではない限り

左之助さんから特に聞かれる事なく、数日経った夕食の時間。いつものようにおかずの取り合いをしている新八さんと平助を呆れた様子で眺めている中、彼らは戻ってきた。

「今戻った」
「おお、トシ」

居間へと入ってきたのは、土方さんと山南さんだった。土方さんに続いて入ってきた山南さんの左腕は包帯で巻かれ、吊っていた。その姿に、幹部の表情が強張った。けれど、それを悟られないように、彼らは二人に挨拶をした。
近藤さんが、傷の具合を伺った。山南さんは私たちに安心させるように、大袈裟ではないというけれど、誰の目にも明らかな痛手だ。そのまま退室をしようとする山南さんに、平助が声をかけるが一蹴。そそくさと出て行かれた山南さん。広間には気まずい沈黙が漂う。

「土方さん。山南さんの怪我、本当はどうなんですか?」
「…何とも言えん」

沖田さんの問いに、土方さんは深刻な表情でそう答えた。が、すぐに私や千鶴へと向けられる。

「何をしている?」
「え…」
「誰が、部屋を出て、ここで食事をして良いと許可を出した」
「あ…」

土方さんの鋭い視線に、千鶴ちゃんは畏怖し声が出なかった。それを見兼ね、あたしは口を開きかけたが、それよりも先に近藤さんが助け舟を出してくれた。それを皮切りに、皆が名乗りを上げていく。井上さんまでも言うなんて、本当にみんなお優しい方々だ。

「いーじゃん、飯くらい。千鶴も緋真も逃げないって約束して、実際この半月逃げようとしなかったんだから」
「たかが半月だ」

平助の言葉を、土方さんは斬り捨てる。すると、今度は沖田さんまでもが土方さんに口を出した。近藤さんが、食事くらいは此処でいいだろう、と土方さんに言うけれど、トップが甘やかせば隊が乱れるという言葉に口を閉じた。
うん、それは言えてるかも。

「……」
「…」

これだとあたし達でさらに迷惑かけそうだ。とあたしと千鶴は目くばせして、部屋で食事を摂ろうと腰を上げようとした。
その時。

「食事だけだぞ」
「……え?」
「…」

意外にも、土方さんは許可してくれたのだった。そのまま何事も無かったように、土方さんは飯にするといつもの席に胡坐をかいた。そして、あたしに目を向けた。

「緋真、膳を用意しろ」
「…はい、分かりました」

それでチャラにしてくれる。そう分かったあたしは、嬉しくて急ぎ足で勝手場へと向かった。
居間を出てすぐに、平助が「皆と一緒に食えるな!」と喜んでいたが、あたしはそうとは思わなかった。たぶん、千鶴も思っているはず。
あたし達が思う“みんな”とは、山南さんも含めてなのだから。

「……」

土方さんの食事を温め直す間、静かに自分の手を見つめた。できるかもしれない事。けれど、確実とは言いきれない。この力を使い誤れば、自分の命が狙われるのだから。
でも、このままじゃいけないことは分かっている。
決心しろ、緋真。

「…よし」

小さく意気込みを入れ、あたしは土方さんの御膳を用意して居間へと戻った。



大坂から帰って以来、山南さんは自室に引き籠りがちになっていった。食事も日に日にとらず、口を利く事もなくなった。千鶴の話だと、裏庭で右手で素振りをしているそうだ。

「…」

決心したはずなのに、まだあたしは何かに躊躇していた。
そんなある日、いつものように朝食の支度を沖田さん、斎藤さんと一緒にしている時だった。千鶴が、何か手伝いが出来ないかと、勝手場を訪ねてきたのだった。

「お姉様、私に何かお手伝いすること、ありますか?」
「ありがとう、千鶴」

それじゃあ、と千鶴にお願いしようとした時、今度は平助がやって来た。山南さんは、今日も自室で食べると教えてくれた。

「食べるったって、毎日ほとんど箸を付けてないけどね」
「やっぱり、食べやすいようにすべきなのかな…」
「だが、それだと山南さんを却って怒らせる。自分を馬鹿にしているのか、とな」
「……はぁ…」

やるせない気持ちでいっぱいになっていると、また勝手場に人がやって来た。

「広間で食事を取るのは許可したが、勝手場に出入りする事まで許可した覚えはないぞ」

厳しい言葉を千鶴に掛けたのは土方さんだった。千鶴の心遣いを、あっさりと却下する土方さん。しかし、千鶴は諦めず、山南さんの食事の世話をさせてくれないか、と申し出たのだった。土方さんは千鶴の申し出に反対したのだが、沖田さんや平助の勢いに、勝手にしろと言い放って去って行ったのだった。

「……」

躊躇なんて、する時間も惜しい。

「千鶴、山南さんの食事のお世話をするなら、ご飯は握り飯に。魚は身をとってあげて、御汁は具をなしにして」
「あ、お姉様」
「少しだけ、土方さんとお話することがあるから、沖田さん、斎藤さん、あとはよろしくお願いします」

早口で千鶴たちにそう言って、あたしは勝手場を後にした。そして、自室へ向かう土方さんを追いかけた。

「土方さん!」
「?」

声をかけると足を止めてくれた彼に、ようやく追いつく。訝し気にあたしを見る土方さん。あたしは小さく息を吐いて、覚悟を決めた瞳で土方さんを見た。

「……なんだ」
「今日の朝食の後、お話と、試したい事があります」

居間に彼が来たら、近藤さんを呼んで、三人にお話をさせてください。
唯ならぬあたしの雰囲気に、土方さんは理由も聞けず、ただ頷くだけだった。

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