影と日の恋綴り | ナノ
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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 杞憂に終わる

トントン、と野菜を切る音が勝手場に響く。味噌汁を作る出汁の香りが鼻を掠め、作りながらもお腹を刺激する。小さくため息を溢し、そっとあたしは格子窓から外を眺めた。

「……」

昨晩は危ない事をした。
人気がいないことを良い事に、≪夜のあたし≫と交代したのだった。お酒もないし、煙管なんて吸わないから、ただ月を眺めるだけ。それでも気分転換にはなった。
けれど、まさか人間に見られるとは思わなかった。

「(左之助さん、あれがあたしって分かったかも…)」

そっと顔に手を当て、またため息一つ。
確かに≪夜のあたし≫はリクオみたいに変わるわけじゃない。大差ないほどだ。それに、カナさん達は気付いてない時もあったから、分からないものなのだろうと思っていた。
でも、あの時の左之助さんは、小さくだけどあたしの名前を呼んでいた。

「(後で会うのが怖いな…)」

朝から憂鬱な気分で、気のせいか身体が重い。
まぁ、誤魔化せばいいだろう。証拠はないけれど、千鶴と寝てましたって言えば、左之助さんの事だ、そんな深く聞くことはしないだろう。
そうとなれば、もう考えるのはやめよう。頭を振り、昨日の事を強制的に忘れさせて、あたしは朝ごはんを作るのに集中した。
朝食は、昨日同様広間で食べることになった。朝から争奪戦となる光景に、昨日と同じリアクションを取ってしまった。奴良組の妖たちはここまで食い意地張ってないからなぁ…。

「……」

ちらり、と横に居る彼を見る。
朝から静かな様子で、無言でご飯を食べている。何か勘が事をしているのは明々白々で、もしかして昨日の事じゃあ…なんて気にしてしまう。
今日も美味しく出来たご飯だけど、なんだか食べる気になれなかった。
あたしの様子に気付いたのか、あたしの向かいでご飯を食べる沖田さんが声を掛けた。

「緋真ちゃん、どうかしたの?ご飯、進んでないけど」
「いえ……。ちょっと、食欲がなくて…」
「……大丈夫か?確かに顔色が悪いが……」

斎藤さんもあたしの顔色を見て言うと、おかず争奪戦に夢中だった新八さんや平助もあたしに目を向けた。それは、左之助さんも一緒だった。

「緋真お姉様、顔色が…」
「本当だ。緋真、体調悪いのか?」
「おいおい、大丈夫か?無理すんじゃねぇぞ?」
「……」

心配を掛けてしまって申し訳なさでいっぱいだ。大丈夫だ、と笑って頷くが納得してない彼ら。このままだと彼らに迷惑をかけてしまうと分かり、ご飯をそのままにゆっくりと重たい腰を持ち上げた。

「部屋に戻りますね。…昼食は作りますので……」
「お姉様…!」

昨日とは違う和気あいあいとした空気を台無しにしてしまったことに申し訳なく思う。千鶴が付き添いを進んで言うけれど、一人で大丈夫と答えた。
広間を後にし、あたしは一人廊下を壁に手を置き部屋へと歩を進める。
けれど、すぐにそれは阻まれた。

「待てよ、緋真」
「!」

グイ、と肩を掴まれた。ハッと後ろを振り返れば、あたしの肩を掴んだのは、昨日から気になって仕方のない人。まるで自分のように辛そうな表情をし、あたしを見る。朝の清々しい風が二人の間を通り抜ける。けれど、その風はむしろ、緊張させる冷たい鋭さを持っているように思った。
消えそうな声で彼の名前を呼んだ。

「さ、の…すけ……さ…」

掠れたあたしの声が耳に届いたようで、彼はピクリと眉を一瞬寄せた。

「顔色悪いのに、無茶すんじゃねぇ」
「…だから、部屋に戻ろうと…」
「そんなに俺達が頼りないのか」
「そういう、わけじゃ……」

ない、とは言いきれなかった。
頼る以前の問題でもある。
けれどそれを口にするのはいけない気がして、口を閉じた。彼と目を合わせたくなくて、顔を背けた。

「……頼むからよ」
「…?」
「黙って、何処かに行こうとするな」
「……」

切なそうな目をしていた。
どういう意味でそんな言葉を言ったのか分からない。切羽詰まった様子に見えた左之助さんの顔に、あたしは何も言えなくなった。
何処かにと言われても、あたしはいつか“帰る身”。この世界に居るべき存在ではない。
なのに、どうして左之助さんはあたしをとどめようとするのだろうか。あたしが別世界から来たと知っているわけじゃないのに、自分達から消えると思っているような言い方。

「なぁ、緋真」
「はい…」
「お前は……」
「……」

聞かれる。
咄嗟にそう思った。
昨日の夜、外に出たか。と。聞きそうな言い方。あたしを見て何度か口を動かすが、聞きたい事を口にしようとして留める左之助さん。
そして…。

「…いや、何でもねぇよ」

彼は口にしなかった。
内心、驚いた。聞かれると思っていたから。でも、左之助さんは聞かなかった。どうして。でも、気になる事があるんじゃないのか、とあたしから言えば怪しまれるのは確実。
だから、あたしは…。

「…変な、左之助さん…」

そうやって誤魔化すのだった。
あたしの言葉に、思い悩んでいた様子の左之助さんは憑き物が落ちたように晴れやかな表情を浮かべた。否定もなにもしなかった。ただ、彼は笑ったのだった。
その後、心配だと部屋まで送られたあたしだけど、彼の様子が変わった事で、あたしの体調も良くなったような気がした。

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