▼ リクオ、宣言す
寝静まった浮世絵町。人間の活動時間は終え、あたし達妖怪の活動時間が始まろうとする中、一つの屋敷でそれは行われていた。夜が更け、閑散とする屋敷の大広間に集まる奴良組幹部。黒い紋付き袴を身に纏い、『畏』の代紋を背に羽織るあたし達。
関東任侠妖怪総元締奴良組全幹部が、口を閉じ姿勢を正し、微動だにせず待つ。
「若頭は、まだですかな…?」
長い間あたし達を待たせる彼は、まだ上座に居ない。
「……」
そっと目を閉じ耳をすませば、庭で羽を擦らせ鳴らす鈴虫が聞こえた気がした。けれど、それを掻き消すように聞こえる聞き慣れた足音。慣れ親しんだ妖気。
嗚呼、彼が来た。
あたしの、可愛い可愛い弟が。
小妖怪が音もなく襖を開ければ、皆の目がそちらへ向く。
皆が粛々とし、居住まいを正す。
「待たせたな」
凛とした声が部屋に響いた。
上座へと堂々とした態度で歩いた弟…リクオは、静かに座った。
「奴良組はこれから、地獄からよみがえる鵺たちとの全面抗争に入る。畏のうばい合い…ひるんでいるヒマはねぇ」
厳かな声で爺やは言った。
「その指揮はこいつがとる。これはここにいる奴良組幹部の総意である。よいな」
反対の声など上がらなかった。
そして爺やからリクオへと交代し、リクオは静かに口を開けた。
「三代目を継ぐにあたって言っておく。まずオレは、人に仇なす奴は許さん」
ピリ、と一瞬で緊張が走った。
肌で感じ、思わず手を擦る。でも、息苦しいとかは全く感じない。安心するものが強かった。きっとそれは、リクオの言葉の力だからだと思う。
「仁義に外れるような奴はなお許さん。たとえ他の妖怪に敗れそうになってもだ」
そんなリクオの脳裏に浮かぶのは、母親を利用し地獄へ落とした鵺の姿。父親と結ばれた妖を利用し、殺した。己の転生のために邪魔だという父親を暗殺しようとした。
あらゆる事の裏に潜んでいた鵺をリクオは許せなかった。
「それは“畏”を失わぬ、そういう妖であれということだ……」
鋭い眼光が一同を睨む。
「オレはこの組を、そういう妖怪の集団にする」
凛とした目をもってリクオは高らかに言った。
「それが三代目の、百鬼夜行だ!…いいな」
誰もがその言葉に頭を下げた。
ようやく三代目を襲名したリクオ。今まで悩んできた事があったけれど、それでも自分を受け止め、仲間を頼ることを知った。
本当に大きくなったね。
「緋真」
「ぁ、お父さん…?」
「お前の弟、立派になったな」
「……」
自分の息子だっていうのに、なんでそんな言い方をするのよ。
声を潜めてあたしに言ったお父さんにあたしは笑う。そして、立派な姿で奴良組幹部を見るリクオへ目を向ける。
“私”が好きで、“あたし”が愛してやまない弟。
「お姉ちゃーん!」ああ、もう、本当に…。
「ねえ、ちゃ…」あの頃からずっと見守っていたけれど。
「緋真姉さん!」こうして、また一緒に過ごす事ができて。
「…緋真姉さん」あたしに罰は当たらないのでしょうか。
ポロポロと溢れ出る涙を止める術は知らなくて、拭う間もなくあたしの頬を濡らす。お父さんと爺やが隣で苦笑いや失笑を溢すけれど、止まらないものは止まらない。
粛々とした空気が薄まり、ふとこちらへ顔を向けた弟と目が合った。
「……」
リクオも呆れたような顔をして、あたしを見た。
その目が、なんで泣いてんだ、て言っているような気がした。仕方ないじゃない。貴方の襲名を目の前で見る事が出来たんだから。
三度目の転生で、あたしは関わる事が出来ないと諦めていた。
なのに、また家族として過ごしている。
これ以上のないい幸せなのに、もっとあたしに幸せを与えてくれる。
「…おめでとう、リクオ」
奴良組三代目総大将として、これから頑張って。
泣きながらの笑えば、リクオも笑ってくれたのが視界がぼやけながらも分かった。
影と日の恋綴り 魔京編 終
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