影と日の恋綴り | ナノ
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 妖しい気配

部屋にもどった後、千鶴は全くと言っていいほど元気を失くしていた。さっきの話の事が気になっているのだろう。でも、彼らの領域に深く入りこめば、あたし達は戻れなくなるのだろう。そして、運悪ければ殺される。

「…千鶴」
「緋真姉様…」
「斎藤さん達は、あたし達の事を思って言ってくれた。気にするなと言われるほど気になるってのが、人の性かもしれない。…でも、千鶴、貴方は生きてお父さんを見つけないといけない」

いつか、とは言わない。今はまだ話せない間柄。これから彼女は渦中に巻き込まれるのだから、知っていける。そして、あたしも同じように巻き込まれていくのだろう。

「…だから、今は何も聞かないようにしましょう?」
「……はい」

納得したのか微妙だけれど、千鶴はそう言って笑ってくれた。それに安心し、私も微笑む。もやもやな気持ちを残したまま、あたし達は寝ることにした。聞きたいこととか色々あるはずなのに、それを我慢してくれる千鶴に感謝だ。
けれど、はたしてそんな気持ちのまま寝れるかと言われたら否、だ。
千鶴が小さく寝息を立てているのが聞こえ、ゆっくりと起き上がる。寒さに身体が震え、身動ぐ千鶴に小さく笑って、ずれ掛けた掛布団を直す。穏やかな寝顔をあたしに見せる千鶴が、弟と重なって見えた。

「……」

静かに部屋を出た。もう丑の刻なのだろう、周りに人は居ない。縁側から降りて、中庭へ歩を進める。冷たい土に鳥肌が立ったけど、慣れたら何も思わない。
朧月夜の下、私は静かに目を伏せた。



(原田side)

今日は色々あった、そう思う一日だった。緋真の機嫌を損ねちまうわ、源さんに島原行くのバレそうになるわで参ったぜ…。
けど、山南さんの怪我は一番予想もしていなかった。あの人がそんなヘマをするはずねぇ、と思ってたけど、狭い中で押し入られてこられちゃあ多少の怪我は負っちまうだろう。あの人を無くしちゃ惜しいが、あの薬を使うまでなのかと疑問に思った。総司はああ言ってたが、そこまでして刀を握りてぇと思うのか。疑念を抱いたが、それよりも、平助がいらねぇ事を言おうとして思わず手が出たのは反省した。
つっても、新八がまずいけなかったんだけどな。
それでも、緋真や千鶴がいる前で、新選組の秘密を話すなんて失態はいけねぇ。二人は、特に千鶴は知りたそうにしていたが、知ったら最後どうなるか分からねぇ…。
ああするしかなかった、と自分に言い聞かせた。

「……」

そういえば、緋真と千鶴を返した後のことを思い出した。
それぞれ部屋やら仕事に戻った中、俺は平助を待った。もう一回謝ろうと思ったから。けっこう酷でぇ一発を入れたし、冷やしたけど痛みは続くからな。
でも、自分の目を瞠った。

「(殴った後すら無かったな…)」

綺麗に消えたキズが無かった。平助も驚いていて、【羅刹】の力じゃ無いってことは分かった。
それなら、なんでだ?
原因も分からねぇしで、とりあえず俺と平助だけの秘密にする事にした。ンでもって、怪しまれないように手当もした。

「(本当に今日一日で、色々ありすぎだわ…)」

あまり眠れなくて、こっそり隠していた酒を手に、月見酒。朧がかかり、光はあんまりないがそれもまた風情あると思った。
その時、妙な気配を感じた。
俺のすぐ近く。そう遠く離れていないところにあるその気配に、俺は酒を飲む手を止めた。息を殺すように、気配を消して向かった。この先は、千鶴や緋真がいる部屋がある。
まさか二人になにかあったのか?

「………」

廊下の角から顔を覗かした。
ら、目の前に桜が舞った。

「は……?」

幻か?それとも夢、か?
冬に咲く桜なんて知らねぇ。知らないが、月光に照らされ、風に舞う桜の花びらはあまりにも綺麗で、儚くて…。
眼下に広がる光景に俺は畏れた。

「……!」

視界の端。桜の花びらに紛れて見えたその姿に、周りの景色が止まったように感じた。
髪を風に靡かせ、浮世離れしたそいつ。縁側の柱を背もたれに、月夜を眺めるそいつこそが妙な気配の持ち主だ。
誰もが見惚れちまうような容姿。綺麗で漆黒の髪を自由に泳がせ、月を隠す雲によって作られる影がよりそいつの妖艶さを、儚さを立てる。
綺麗だと思った。んで、惚れそうになった。
でも、その顔立ちがアイツに似ていてすぐにそんな気持ちは消えた。

「……緋真…?」

思わず声に出た名前。俺のちいせぇ声が聞こえたのか、そいつは目だけをこっちに向けた。
気付かれた。
思わず身構えたが、そいつはただこっちを見るだけ。そしてゆっくりと立ち上がり、庭へ降りようとふわりと飛んだかと思えば…。

「?!」

透けるように消えたのだった。
慌ててそいつがいた場所へ駆け寄るが、人ひとりいなかった。辺りを見渡すが、人の気配もさっきの妙な気配もない。
俺の見間違いか……?
酒を飲んでたから酔ってたのかもしれなくて、俺は首を傾げる。が、なんだか眠たくなって考えるのが馬鹿らしくなって、部屋に戻った。

「………」

木の上から俺を見るそいつに気づかないまま。

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