▼ 成長した姉弟
「いいんだな、リクオ」
確認するように、爺やはリクオにそう言った。リクオは閉じた目をそっと開け、自分が抱く乙女さん…ううん、羽衣狐を見つめた。
「ああ」
静かに立っていた京妖怪の狂骨へ目を向けるリクオ。
「羽衣狐は、京妖怪の大将だから」
そこでリクオはそっと、お父さんにも目を向けた。
「親父、いいよな」
「……」
「………ああ」
静かな間がありながらも、お父さんは頷いた。静かに彼女を見つめるお父さんに、また泣きそうになった。がしゃどくろが羽衣狐を受け取り、狂骨は少々戸惑った様子でリクオに言った。
「………いいんだね。あんたにとっても、そこの人にとっても、この方は肉親みたいなもんだろ……?」
そう言い、狂骨はそっと羽衣狐の手を握る。冷たくなったけれど、それでも、彼女の大将は羽衣狐なのだ。
「羽衣狐様が京妖怪の象徴なんだ。他についていくものなんてにない…、唯一の妖なんだ」
「すまない、恩に着る」
ずっと控えていたのだろう、白蔵主も礼を言った。そして、鵺について行かなかった他の京妖怪達に叱咤し、彼女達はどこかへと去って行った。
京都の手鞠唄がどこからか聞こえ、消えていった。
去って行く京妖怪の後ろ姿を見送るリクオが静かに口を開けた。
「………京妖怪は京妖怪なりに信念があった。そんな信念を裏切って…百鬼夜行の主を名乗り、親父を殺そうとして、姉さんを…そして親父の愛した妖を手にかけた。オレは晴明を絶対に許さない」
リクオが浮かぶのはあの日の出来事、そして、先ほどまでの出来事の、あたしやお父さん、そして乙女さん。
過去に起きた出来事が全て後ろで糸を引いていた事、自分の手を汚さず他人の手で悲劇を生ませた事は、リクオの信念を貶したもの。幸せになるべき妖が幸せになれなかった事が、どんなにも辛いものかリクオには分かってしまったのだった。
「リクオ……」
「……リクオ、てめぇえ全面きってぶつかる気か」
煙管をふかし、真剣な顔で尋ねた爺やにリクオは固く決意した顔で返した。
「進ませてもらうぜ。止めんなよじじい、親父」
その背を見て、爺やもお父さんも孫が、息子が急成長した事に喜んだのだった。
「……へっ、リクオォ」
「リクオ様…!」
「へぇーあいつ、大将っぽいこと言うなぁー」
「フン…まだまだだがな」
「リクオ様…」
それは組の皆も思うこと。
京都に出てからずいぶんと男っぽくなったリクオに、あたし達は嬉しく思ったのだった。
日が明けた。
綺麗なお天道様が雲の切れ間から顔を覗かせ、辺りを照らす。
終わったのだ、と思った。
「…緋真姉さん」
「ん…?」
リクオが三代目を継ぐと決意した事に誰もが喜ぶ中、リクオがあたしを呼んだ。けれど、リクオの表情は浮かばれないものだった。
「どうしたの?リクオ」
「…鵺が」
「……」
「鵺が、あの時姉さんを“偽りの娘”って言ってた」
「…ええ、言ってたわね」
嫌な意味で心臓がバクバクと鳴る。それを顔に出さず、微笑んでリクオが何を言いたいのかを待った。でも、リクオは口を濁らせていて、言わない。数秒ほどの間があって、覚悟を決めたのかあたしを真っ直ぐ見て言った。
「緋真姉さんは、俺の姉さんだからな」
「……え?」
空耳、だろうか…?
思わず聞き返しそうになるあたしに、リクオはもう一度言ってくれた。
「鵺が何か言ったとしても、知らねぇ。緋真姉さんは、俺の姉さんだ。あの時の事とか、どうやって生まれ変わったかとか、知りたくないわけじゃねぇ」
「………」
「でも、俺が餓鬼の頃に遊んでくれた姉さんはアンタだけだから。俺は緋真姉さんを“偽りの娘”とか思ってねぇから」
「……」
「緋真姉さんは、俺や親父、じじい、母さんの大事な家族の一人だから…」
嗚呼、もう。この子はどうして、人が気にしている事をこうも簡単に安心させてくれるのかしら。
自分自身の出生は誰もが気になる事。家族であるならなおさら。
それでも、リクオはあたしを家族と言ってくれる。
「…リクオったら、いつの間に男らしくなったのよ」
「え……?」
あたしったら、こんなに涙腺緩かったかしら。泣きそうになるのを堪え、傷に触らないようにリクオを抱きしめた。突然の抱擁に動揺し、硬直したリクオだけれど、ふと自分の身体が温かく感じた事に気付く。
あたしがリクオの傷を癒したから。
「ありがとう、リクオ」
「姉さん……」
「いつか、教える。あたしが知っている事を」
「……ああ」
リクオもそっと、あたしの背中に腕を回してくれた。それがまた嬉しくて、涙が出た。
でも、まだ伝えたい事はある。
「それとね」
「ん…?」
「リクオも、あたしの大事な弟で、家族よ」
涙を拭い、笑って言えばリクオも穏やかな笑みを浮かべてくれたのだった。
「緋真とリクオ、京に来て成長したな親父」
「そうじゃな。…じゃが、まだワシらは知らない事が多いみたいじゃ」
「ああ。…でもよ、親父」
「なんじゃ、鯉伴」
「アイツが話すまで、俺は聞かねぇよ。話す時が来るまで、俺は…絶対に」
「……緋真が話せば、お前は変わるのか?」
「ははっ、まさか。……アイツにどんな過去があっただろうが、ンなの知らねぇ」
「………」
「緋真は、俺と若菜の娘で、リクオの姉で、親父の孫だ」
「……その通りじゃな」
「一つ付け加えるとなれば、我の妻だな」
「燈影、オメェと緋真の婚約は認めてねぇからなオレ」
「二代目、諦めも肝心…ですよ?」
「神無、オメェは一体誰の味方だ!」
「もちろん、緋真様ですよ?緋真様の幸せは、私の幸せですので」
「カッカッカ!神無は相変わらずじゃのう」
「なんだかお父さんたち、楽しそうだね」
「あ、あぁ……そう、だな」
何か騒いでいるお父さんと爺や、そして燈影と神無の様子にあたしとリクオは眺めていた。
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