影と日の恋綴り | ナノ
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 笑え

オレ達の子が次の魑魅魍魎の主になるんだ。
その時のためにも、オレがこの組をでっかくする!

え?

一緒になるぞ。一生…ついてくるんだ



「っ…ふぅ…うっ…!」

静かに息を引き取った乙女さん。幸せそうな顔を浮かべた彼女を前に、あたしの涙は止まる事を知らない。

「じじい」
「!」
「今すぐ三代目の座をよこせ」
「リク、オ…」

音を立てず、お父さんの腕の中にいる乙女さんの手をそっと握ってリクオは言った。

「力がいる…。どんな手を使ってでも…。強くなんなきゃいけなくなった。この敵は、オレが刃にかけなきゃなんねぇ…」

それはリクオの決意表明でもあった。
あの日の真実を知った今、リクオが思うのは、許されることのない鵺たち。自分達の家族を、そして実の母親を手に掛けた残酷非道なアイツ等を許しておくわけにはいかない。
嗚呼、リクオはしっかりしてる…。芯を持ってて、心も強かった。
それに比べて、あたしは全然駄目だ。

「乙女さん…っ、おとめ、さ…」

怪我を治す事も出来ずに、ただ彼女の畏が消えるのを見る事しか出来なかった自分。悔しくて、自分があまりにも無力で、情けない。
何が“知っている”よ。知ってたって、助けたい人を助けられなかったら意味ないじゃない。

「うっ、うぁ……」

ごめんなさい。乙女さんごめんなさい。
涙が止まらない。
貴女のせいじゃないの。何も出来なかったあたしが悪いの。
みんなは次の為に気持ちを切り替えてる。神無もしっかり自分で立っていた。すごいな。皆、すごい。でも、あたしはそんなに強くない。全然強くない。彼女の姿を前に、強くなる事なんて出来ない。ぼろぼろ零れる涙をそのままに、あたしは嗚咽を洩らす。苦しくて、息が止まりそうなほどに辛くて、自分をただただ責めた。

「緋真」
「!」

突然頭を引き寄せられ、抱き締められた。視界いっぱいに広がるのは黒と緑の縦縞模様。煙管の残り香が鼻に擽り、一瞬だけ涙が止まった。
掠れた声で父の名を呼んだ。
それが可笑しかったのか、ふはっ、と笑いを溢すお父さん。そっと頭を撫でる優しい手つきだけど、微かに指先が震えていた。

「そんなに泣いてっと、目がひでぇことになるぜ…?」

もう泣いてはいないけれど、鼻声のお父さん。声もまだ微かに震えていた。
貴方が一番辛い想いを抱いているのに、健気に思えてしまって、自分の涙腺がまた緩み、視界がぼやけていった。

「鯉伴、さま…」
「違うだろ…“お父さん”、だろ…?」
「…っ…」

“私”の口調になってしまっていることに気付いていながら、貴方はそうやって知らないふりをしてくれる。本当なら、“奴良緋真”ではないもう一人の“黒川緋真”の事を知りたいはず。それなのに、貴方は聞こうとしない。
なんて、お優しい方なのか。

「…乙女にも言ったけどな、緋真、お前も悪くねぇんだ。緋真のせいじゃない」
「で、も…!」
「見ただろ、緋真。乙女の幸せそうな顔を…。全然恨んでなかったじゃねぇか…」
「…ぅ…うぅ…」

でも、それでもね、“私”は乙女さんを助けたかったの。結果でどうなるか分からないけれど、それでも、悲劇を生みたくなかった。
鯉伴様と乙女さんが互いを想い過ぎたが故のすれ違い。
それに浸けこんだ安倍晴明や山ン本五郎左衛門。
鯉伴様を殺し、絶望し狐の依代になってしまった乙女さん。
重なっていく悲劇をどこかで終わらせなければならなかった。けれど、出来なかった。

「お父さんを悲しませなくなかったの…!」
「……お前は、馬鹿だなぁ」

呆れた声。お父さんはさっきよりも力を込めて、ぐしゃぐしゃとあたしの頭を撫でた。

「確かに悲しい事ばかりが続いた。けどよ、若菜と出会えてまた、生きようと思った。緋真が生まれて、大事なモンを守ろうと思った。リクオが生まれて、もっと組をデカくして、強くなろうと思った」
「おと、さ…」
「あの日、乙女に赦してもらえてなかったかと思ったけど、それよりも、あの日、緋真が俺を庇って死んだのが一番悲しかったんだ」
「っ…」
「お前のおかげで助かったけど、テメェの大事で守ろうと思ったモンを目の前で亡くしちまった事が、どれだけ悲しくて、辛かったと思ってるんだい?」
「あた、し…」

ねぇ、鯉伴様。貴方は優し過ぎます。
その優しさが、嬉しくて、けれど、苦しくもあった。

「…誰のせいでもない。緋真が罪を感じる事はねぇ。…それによ、緋真」

フッと笑って、お父さんはあたしを見た。

「お前のおかげで俺は生きている。畏を失わずに、若菜とも暮らすことが出来ているんだ。…だからよ、笑ってくれ」

なぁ、知らねぇか?

「“幸せは、笑った人のところにやってくる”んだぜ?」

そういって、お父さんは目尻を赤くさせ、不格好ながらも笑ってみせた。

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