影と日の恋綴り | ナノ
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 不穏な空気

楽しい食事もそれは途中までだった。

「皆、ちょっといいかい?」

神妙な顔つきで広間へやって来たのは井上さんだった。ただ事では無さそうな雰囲気に、幹部達は真剣な顔つきになった。
ああ、嫌な予感がする。

「大坂に居る土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい」

みんなが一斉に息を呑み、目を見開けた。井上さんの話では、大坂にある呉服屋に浪士達が無理矢理押し入り、駆け付けた山南さんたちが浪士を退けたのだが、その際に怪我をしてしまったらしい。そして、山南の怪我は左腕で相当の深手とのこと。
その言葉にあたしは口を抑えた。

「(だから、気をつけてって言ったのに…!)」

千鶴は山南さんが生きてることに良かった、と言うけれど、新選組の彼らは違った。
井上さんは近藤さんにも伝えてくる、と言い部屋をあとにした。静寂となった空間に、斎藤さんの声が通った。

「刀は片腕で容易に扱えるものではない。最悪、山南さんは二度と真剣を振るえまい」 

剣を握れなくなったその時、武士としての山南さんは死んだと思ってもいいもの。自分も刀を扱い、そして怪我をして刀を扱うことも、闘うことも出来なくなった者達を見たからこそ分かるその辛さ。

「片腕で扱えば、刀の威力は損なわれる。そして、鍔迫り合いになれば確実に負ける」

そう、斎藤さんからの説明を受けて、自分が軽率な言葉を出したことに申し訳なく顔を俯かせる千鶴。千鶴が落ち込むことはない、とそう言いかけたと同時に、ふう、と沖田さんが溜息を吐いた。

「薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも、納得してくれるんじゃないかなあ」
「総司。…滅多な事言うもんじゃねぇ。幹部が“新撰組”入りしてどうするんだよ?」

新八さんの言葉に、私は思わず顔を上げた。たとえここが幹部だけの空間だとしても、今はあたしと千鶴という外部の人間がいる。
千鶴が率直な疑問を持ったのか、訪ねた。

「新選組は新選組ですよね?」
「!」

千鶴ちゃんの口から出た、予想通りの質問に、あたしは軽く焦りを覚えた。関係ない人間でも、この話は彼らの機密事項で、他人に聞かれてはいけないこと。
けれど、優しいのか、それともただ馬鹿なのか、新八さんに続いて平助が空中に指で文字を書いて説明をし始める。

「普通の“新選組”って、こう書くだろ?“新撰組”は“せん”の字を手偏にして――」
「平助!!」

刹那、左之助さんが唐突に立ち上がり、平助を思い切り殴り飛ばしたのだった。お膳を吹き飛ばし、あまりの事に千鶴は驚き固まる。

「っ…いってぇー…」
「大丈夫?平助…」

思わず近寄り、頬を見る。力強く殴られたようで
赤く腫れていた。
平助を見、新八さんはため息をこぼした。

「やり過ぎだぞ、左之。平助も2人の事を考えてやってくれ」

いつになく真剣な表情で、新八さんはあたし達に視線を向けた。

「…悪かったな」

左之助さんが短く謝ると、平助は曖昧な苦笑を浮かべた。

「…いや、今のはオレも悪かったけど……。ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなぁ」

自分にも非があると、分かっているからこそ強く言えない平助はそう返すことしか出来なかったのだった。二人の様子を見たあと、新八さんはあたしと千鶴のほうを見て言った。

「…緋真ちゃん、千鶴ちゃん。今の話は二人に聞かせられるギリギリの所だ。これ以上の事は教えられねぇんだ。気になるだろうけど何も聞かないでほしい」
「…分かっていますよ。ですが、新八さんも動揺したとはいえ、お気をつけくださいね」
「ああ…反省するわ」

あたしの言葉に素直にそう言う新八さん。あたしは彼らの事情に首を突っ込む様なことはしないけど、千鶴は納得をしていない様子だった。そんな千鶴に、沖田さんが教えてやった。

「…新撰組っていうのは、可哀想な子達の事だよ」
「……」

冷たい声。沖田さんを見れば、彼の瞳は底冷えする程暗い色をしていて、千鶴はそんな沖田さんを見て何も言えなくなってしまった。そんな千鶴を、新八さんは頭をポンポンと撫でながら取り成す様に言う。

「お前は何も気にしなくていいんだって。だからそんな顔するなよ」
「…はい」

千鶴はやっと出した声でそう返事した。そんな彼女を見るに耐えかねて、思わずあたしは千鶴を自分に抱き寄せたのだった。

「…忘れろ。深く踏み込めばお前達の生き死ににも関わりかねん」

斎藤さんの言葉に千鶴がピクリと反応したのが分かった。
流石にこんな状況で夕食を食べる気にはなれず、あたしと千鶴は部屋へ戻る事にした。ついで、平助は殴られたところを冷やしに行くと一緒に広間を後にした。あたし達を部屋まで送ってくれたあと、平助は井戸へと向かうがその前にあたしは彼を呼び止めた。

「平助」 
「ん?なんだよ、緋真」
「…」

そっと、殴られた頬に手を置いた。

「平助も動揺してたのに、ごめんね…」
「…気にしてねぇよ。俺の方こそ、怖いもの見せて悪かったよ」
「……ほっぺ、ちゃんと冷やしてね」
「おう!」

素直に返事を聞いてから、あたしは部屋へと入っていった。
そっと自分の手を見て、ぐっと握る。

「(使ったけど、あれくらいなら問題ないわよね…)」



「平助」
「ん?なんだよ、左之さん」

広間へ戻ると、平助を待っていたのか原田だけが残っていた。

「本当に悪かったな。痛かっただろ……って、ん?」
「ああ、それなら別にいいって。…ん?どうかしたの、左之さん」

平助の頬を、自分が殴った頬を見て固まる原田。不思議そうに見ていると、原田はゆっくりと口を開けた。

「お前、殴ったところ…ねぇぞ」
「は…?」

その言葉に平助は驚き、原田もどういう事かとただ驚いていた。

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