影と日の恋綴り | ナノ
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 あの日の真実

真っ暗な世界で聞こえた声のすぐ後、気付けば乙女は娘子になっていた。稲荷神社の鳥居の前、その前で立っている彼女に、幼きリクオと緋真は出会ったのだった。

「遊びましょう」

偽りの記憶を入れられて。
リクオはすぐに乙女と共に遊ぶほど仲良くなったのだった。緋真は、戸惑いながら、顔を青ざめながらも、彼女と遊んだのだった。

「リクオ…その娘は…」
「お父さん!」

ゆっくりと後をついてきた鯉伴に、リクオはただ嬉しそうに楽しそうに言ったのだった。

「遊んでくれたの、このお姉ちゃんが!」

リクオの言葉に、鯉伴は最初は戸惑っていた。
リクオと緋真の相手をしている娘は、自分が愛していた女性と瓜二つで。
どうして彼女が此処にいるのか、今までどうしていたのか、と色々と訊きたかったはず。
けれど、鯉伴はその思いを制御して。

「お父さまー」

やがて、乙女の手をとったのだった。
その日一日は、乙女にとってはとてもとても幸せで、これ以上はないと思えるものだった。
それを壊そうとする輩が近づくまでは。

「おねーちゃん!何だろうアレ!」
「リクオ…?」

何かを見つけ、緋真を引っ張り鯉伴達から離れるリクオ。鯉伴は何も気づかないまま、乙女と共に楽しそうに眺めていた
その光景は、本当に家族の姿だった。

「リクオ、緋真。あまり遠くへいくなよ」

けれど、それはだんだんと悲劇へと変わろうとしていたのだった。

「…」

鯉伴の視界の端で風に揺れ動く山吹の花々。
乙女はその山吹を見て、純粋に綺麗だと近寄り花を束ねていく。その後ろ姿を目に焼き付け、鯉伴は呟くように言った。

「“七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき”」

鯉伴は、前妻が残した古歌を詠んだ。
それに反応した乙女に気付かない鯉伴。
そして、続けた。

「あのあと……、山吹の花言葉を何度も調べちまったっけ」

遠い目で、悲しそうにポツリと話す鯉伴。
山吹の花言葉は、

「“気品”“崇高”……そして…“待ちかねる”。まるで…オレたちの娘みてぇだ…」

お前と成せなかった娘が、今此処に居る。

「お姉ちゃん!お父さーん!」

リクオが、緋真と鯉伴の名を呼び駆け寄ってくる。リクオの前には、必死な形相で走る緋真の姿が。
鯉伴は、気付かない。

「リクオ…緋真も。あいつら、おいかけっこでもしれんのかね」

二人を見て微笑ましそうに笑う。けど、乙女は虚ろな状態で、笑っていない。
ぼんやりとしていて、そして彼女の手には…。

「っ!!お父様ぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁああ!!!!!」

緋真が叫ぶように鯉伴の名を呼ぶ。緋真の必死な様子に、鯉伴驚く。緋真を凝視するが、緋真はただただ走った。

「逃げてぇぇぇええぇぇ!!!!」

足をただ動かして、着物が崩れそうになっている状態で、鯉伴と乙女の間に割り込むようにして、

「っ…―――」

緋真は乙女が手にしていた刀に刺されたのだった。身体全体で体当たりするように鯉伴を突き飛ばしたその反動であったのか、宙で刺されたような光景になった緋真。
止めとどなく零れ溢れ出る赤いそれに、

「………あ……」

緋真は自分の命を悟ったのだった。
そして、鯉伴が詠んだ古歌が“鍵”だと知った乙女は、

「ああ…ああ…鯉伴…さま…?」

全てを思い出すように、成されていたのだった。
思い出し、刀を持つ力がなくなり、緋真から刀が抜かれ、緋真は数回バウンドをして地へ落ちた。

「ああ…あああ…いや…いや…鯉伴様ァァァァァ…あああああああああああああああ!!!!!」

鯉伴を庇い刺された緋真。
じわりじわりと広がっていく血の海。
自分の名を呼び絶叫する乙女に驚く鯉伴。
全てが自分が招いた事と後悔する乙女。
そして、山吹の後ろから責めるように笑い、言い放つ鏖地蔵。

「ひぇっひっひっひ、そうじゃ悔やめ女!!自ら愛した男の子供を刺したんじゃぞ?」
「ああぁあああぁああ!!!」
「出来なかった偽りの子のふりをしてな!!あっひゃひゃひゃひゃああ!!」

血の涙を流し絶叫する乙女。
後悔が彼女を襲い、そして…。

「…ああああははは…そうじゃ、妾は、“まちかねた”のじゃ」
「お姉ちゃん、誰…?」

乙女は愛しい人の娘を手にかけて――

「妾は…あの狐になった…」
「っ…」

それが、あの日の出来事の真相だった。
誰もがしなかったあの日の真実。“全て”を知り、夢さえ見たあたしだけが、今までずっと隠してきたもの。誰にも言えないまま、あたしは彼女を、鯉伴様を助けたくて、動いた。

「…っ…」

結果、彼女を助けることが出来なかった。
謝るべきなのは、あたしの方なのだ。

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