影と日の恋綴り | ナノ
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 山吹乙女

絶対に、彼女を死なすわけにはいかないんだ。

「っ…!」
「緋真…!」

鵺が京妖怪を率いて地獄へ去って行き、あたしは真っ先に彼女の元へと向かった。全ての真相を知らないリクオ達は重傷を負う彼女を見るだけだった。

「絶対、死なせない…!」
「姉さん…?」

リクオが戸惑うようにあたしの名前を呼んだけど、応える余裕もなく、あたしは彼女の傷を癒すことに専念した。周りが息を呑む中、必死に彼女を治癒する。静かにあたしの傍、ううん、彼女の傍へ近寄ったのは爺や、そして鯉伴様だった。

「じじぃ…」

彼女を見つめる爺やに、リクオは声を掛けた。

「もしかして…こいつぁ…オレの姉弟なの…か…?」
「!?」
「え?」

驚く周りに爺やは否定した。

「そいつは…違うじゃろう。鯉伴は妖とは子が成せん体じゃったからな…」
「!」
「じゃ…じゃあ…」
「そうだ…。しかしうり二つじゃわい。名を―山吹乙女といったか。かつて鯉伴の妻であった妖に…」

その言葉に、奴良組のメンバーは息を呑んだ。しかし、鯉伴様だけは違った。

「うり二つ…じゃねぇよ。…こいつは、乙女本人だ…」
「なに?!」
「…っ…」

震える声で紡いだ言葉にあたしは泣きそうになった。

「お姉さま……!!羽衣狐様をかえして!!」

鵺、安倍清明について行く選択肢を選ばなかった京妖怪である狂骨が涙ながらに叫び言う。

「待ってろ!!今治療してやってるのだ」
「ううう…うそだっ」
「そのガキ止めとけよ!!」
「っ…!!」
「緋真ッ、お前は無理をするな!!」

治癒の力を使いすぎると身体に毒なのは分かってる。鴆の言いたい事も、皆が心配しているのは分かってる。
けど、それでも…。

「絶対に、死なせないから…!!」

この人は、この女性を…あいつらの思い通りにさせるわけにはいかないの…!
リクオに、鵺に斬られた傷跡を必死に治す。けど、それでも時間が経てば細胞の活性は低くなっていき、傷が思うように癒えてくれない。

「…っ!」

お願いだから、頑張って…!
必死にあたしと鴆が羽衣狐の依代である彼女を治している中、爺やは昔の話を始めたのだった。

「珱姫も――まだ生きとるような、もう何百年も前の話じゃ」
「っ…」
「あの娘が奴良組に嫁ぎ、共にくらしていたのはな…」

爺やから語られる、お父さんの前妻のお話。
突然、彼女を引き連れて爺やの前で紹介したお父さん。

「親父。オレ、この女と結婚しようと思うんだ」
「……」

ぐいっ

「あいたっ」
「おいまて鯉伴…。どこでひろってきたあの娘!!」
「あん?なんだよ、親父になれそめなんて言ってどーなるんだよ」
「てめ…ワシ父親じゃぞ!?」

チラッ

「…」
「あんた…いいんじゃな。こいつの嫁は…ちと大変だぜ」
「はい…。山吹乙女と申します。ふつつか者ですが…よろしくお願いします」


ただただ、おしとやかで美しい妖であったのが、彼女。

「そこから、ヤツの栄華の日々は始まった。日に日に成長してゆく奴良組は、鯉伴と共に大きくなっていった。その日々は長く長く続いた…」
「っ…」
「何も変わらずに」

爺やの最後の言葉に、あたしは俯いてしまった。
乙女さんは、悪く…無いのに…っ…。

「それが…逆にあの娘にとっては酷になったのだろう」
「え?」
「鯉伴は狐の呪いで妖とは子が成せんかった」
「…」
「…っ…」

幸せな、愛する者との間に愛の結晶が作ることの喜びは女性の喜びでもある。
それが、あの狐のせいで…出来なくなっていた。

「そのことはなかなか気付くことができんかった。ワシがあまりにも自然と人の子をなしていたからな」

「後つぎはいつになった出来るのか…」
「…なんだかんだと50年たちますな」


それが、乙女さんにとっては自分のせいだと思い込んでしまった。自分の身体のせいだと、そう思い詰めてしまったのだった。
どの時代でも、身ごもることが出来ないのは酷く悲しく辛いものだ。

「ある日、八重咲きの山吹を一枝のこし、姿を消した。傍らには古歌がそえてあった」
「(…嗚呼、駄目だ)」

前がぼやけて、何も見えない。

「“七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき”」

はなやかに花を咲かせても、妾は実をなすことができない。

「っ…」

知ってるから。貴方がどれだけ辛い思いをしていたのかは、知ってる。
だから、このまま死んじゃダメなの。

「お願い…頑張って…!」

治癒の力がだいぶ弱くなってきてる…。少ししか治せなくなっているのが分かってて。
悔しい、悔しい…!
どうして助けることが出来ないの…!
助けたいの…!
まだ、終わっちゃ駄目なの…!

「おねが…、もってよ…!」
「……」

ギュッと、手を握られた。

「…そんなことが…」
「今となっては古い連中しか知らん。そしてあの娘がその後どうなったかは、誰も知らん…」
「妾は…やがて枯れるように、この世から消えました…」
「「!!」」

爺やの言葉に答えるように、乙女さんは掠り声の状態で話したのだった。

「は…羽衣狐!!」
「お姉様!!」

意識を取り戻した彼女に驚き声を上げる。その中、彼女は続けた。

「妾は…まっくらな世界で…声をききました」

それは、非道の言葉。

「この女か…」
「この女を…反魂の術で……」


反魂。
その言葉に、爺やは目を丸くした。

「まさか…あんた…、山吹乙女そのものなのか…?」
『!!』

そう、彼女は反魂の術で蘇った山吹乙女本人だった。
その言葉に、爺やは皆は驚き、そして。

「っ…」
「そ、んな…!」

お父さんと、神無は声が出ないほど、驚きの表情をしたのだった。

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