影と日の恋綴り | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 その目で見る光景

(千鶴side)

自分が屯所の造りを知らなくて、自分の暮らしている場所くらい分かる範囲で知っておきたいと思った私は、部屋を出たのだけれど、広間には誰もいなかった。誰もいない広間を見回して、首を傾げた。
そういえば、緋真姉様も見当たらない。
朝起きた時、緋真姉様はすでに居なかった。けれど、しばらくしてお姉様は私と自分の朝食を持って戻ってきた。
そしてしばらく二人でお話をしていたのだけれど、お姉様はまたどこかへ出掛けて行かれた。
お姉様のように自由に動きたいと思ってしまったけれど、お姉様はきっと仕事をされているのだろうとそう自分に言い聞かせた。
そして、後ろめたさもあって部屋に戻ろうとした時、ふと玄関のほうから微かな物音が聞こえてきた。
そっと玄関を覗きこめば、今から出掛けるのか、原田さんと永倉さんの姿があった。
いい機会だと思ったら、私は声を出していた。

「あの!」
「ぬあっ!?」
「外に行くのなら、私も一緒に連れて行ってもらえませんか?」

驚く二人にそうお願いした。外に出れば、父様のことが何か分かるかもしれない。だから声を掛けたのだが、二人は何ともいえない表情をしていた。

「そりゃ別に構わねぇが……。おまえは楽しくないんじゃねぇかな」
「つ、連れて行けるか、馬鹿!勝手に許可してんじゃねぇよ!!」
「ん?ああ。外出禁止なんだっけな、おまえ。……それより、見張りなしで部屋から出てていいのか?」

その言葉に私は言葉が出なかった。話を逸らそうと、逆に私は尋ねた。

「あの……原田さんたちは、これからどこに行くんですか?」
「おいおい、誤魔化すなよ。……ま、いいけどな。俺らは、これから島原に行くとこだ」

島原?聞いた事のある地名だった。だって、そこは、有名な花街だから。驚く私に原田さんは笑う。そんなやりとりを見ていた永倉さんは、呆れたように大きなため息を吐いた。

「女の子に向かって島原に行くとか、わざわざ本当のこと言うなよ……」
「嘘吐けねぇんだよ、俺。知ってんだろ?花街に繰り出すくらい、別にやましくもねぇし」

そう言った原田さんの言葉を永倉さんは眉をしかめ言った。

「だったら、なんで緋真ちゃんの時はあんなに狼狽えてたんだよ。やましくねぇなら、堂々としてりゃあいいのによ」

原田さんはそう言われ、苦虫を噛み潰したような顔をした。でも、え、緋真姉様?

「え、緋真姉様に会ったのですか?」
「ん?ああ。アイツ今、飯を作ってる途中だからな」
「お姉様がご飯を作っているんですか?!」

予想もしない事実に私は驚いた。そんな反応をどこか懐かしむ原田さんは、ああ。と答えた。けど、すぐに困ったような顔をした。どうしたのかと尋ねようとしたら、永倉さんが被せるように口を開けた。

「つーか、左之。おまえは酒が目当てだろうから、後ろめたくも何ともねぇだろうよ」
「……永倉さんはお酒が目当てじゃないんですか?」
「いやその…お酒って言うか何というか、ほら、お酌って言うだろ…あはははは!」

そう言って笑い誤魔化す永倉さんに私は何も言えなかった。真昼間から島原とはどうなのか、と思う私に、力説した永倉さんだったけど、どうも理屈は通ってないように思った。けど、彼らに口を挟む権利なんて、私には持っていないから黙っておこうかな、と思っていると、ばたばたと藤堂さんが走ってきた。藤堂さんは私がいることに驚いていたけど、外出禁止のことを言えば残念そうな顔をした。けど、藤堂さんも行くのだろうか、と思っていると、何故か呼び方を変えてくれと言われた。

「平助でいいよ。皆もオレのこと平助って呼ぶし。これから、しばらく一緒に暮らすんだしよ。それに、そのですますもやめようぜ。年も近いからもっと気楽に話してくれよ」

太陽のような笑顔を向けた藤堂さん…ううん、平助くん。些細なことかもしれないけど私は嬉しかった。でも、結局のところ、平助くんも島原に行くのだった。狼狽える平助くんは、嘘がつけないみたいだった。すると、原田さんが笑って言った。

「おまえが女の恰好してくれるんなら、それだけで充分に目の保養なんだけどな」
「え……そ、そんなっ!?」
「あ、オレも絶対可愛いと思う!色々落ち着いたら、振り袖とか着て見せてくれよな」

突然振り袖姿の話になって戸惑ってしまう。思い出したように女の子扱いされると、妙に照れてしまう。嬉しいことを言ってくれるけれど…。

「緋真姉様の振り袖姿を見られたのでは…?」

そう訊ねれば、平助くんも原田さんもそりゃあ、まぁと曖昧な返事をした。私と初めて会った時、緋真姉様は振り袖姿だった。綺麗な着物で、女の私も見惚れたほどだから。そういう意味でも聞いたけど、原田さんは困ったように笑って言った。

「緋真とお前は、違うからな」

その意味を私は少し理解が出来なかった。
そしてしびれを切らした永倉さんが私をまた説得しようとし、二人を連れて出掛けようとしたのだけれど…。

「おや、これから皆で出かけるのかい?」

玄関に集まっていた私たちを見付けて、井上さんが声をかけてきたのだった。まずい、と顔にでかでかと書いている三人は、稽古すると誤魔化そうとしたんだけど、逆に感心した井上さんも付き添うというのだった。思ってもいない展開に三人はどうするのかと思ったけど、まず最初に動いたのは平助くんだった。
私に屯所内をする約束があった、という嘘を。それに便乗したのは原田さんで、二人は井上さんを掻い潜って逃げる事に成功したのだった。
永倉さんという犠牲を置いて。
そのあと、平助くんと原田さんに屯所の中を案内してもらうことになったのだけれども…。

「平助、千鶴のことは頼んだぜ」
「え!?ちょ、左之さん、どこ行くんだよ!」

原田さんは私を平助くんに任せて、一人別の場所へと向かったのだった。何処に行くのかと原田さんをじっと見ていたけど、微かに見えた横顔はさっきとはまた違う柔らかい表情を浮かべていた気がした。
姿が見えなくなった原田さんをよそに、平助君は気にしてない様子で屯所の案内を続けてくれた。
そして、勝手場へと案内してくれた時、原田さんが何処へ向かったのが分かった。

「あれ、緋真と左之さんじゃん」
「あ……本当だ…」

勝手場の外にいる私達から見えたのは、丁度お昼を作っている緋真姉様とそれを手伝う原田さんの姿だった。楽しそうにしている二人。緋真姉様も、原田さんも、柔らかい表情をしていた。
その様子に話しかけ辛く、私たちはただその光景を眺めるだけにして、別の場所へと向かったのだった。
その日の昼食は、何故か平助くん、原田さん、新八さんのは他の人よりも少なかったそうだと沖田さんに教えてもらったのだった。
たぶん、緋真姉様の機嫌が少し良かったのと関係があるんじゃないかな、と私は思った。

prev / next