影と日の恋綴り | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

 遊び人の

文久四年一月中旬。
千鶴が屯所に預かりの身となってから一週間が過ぎようとしていた。それまで千鶴は、土方さんの言われた通り、与えられた部屋の中で大人しく過ごしていた。あたしは食事当番を任されているため、部屋と勝手場の行き来のみだけれど、少しでも身体を動かしているから、それが千鶴にとって羨ましいのだろう。
でも、あたしも最初は大人しく部屋に居たんだから。なんて、変な意地を張ったのが少し懐かしいくらいだった。昼ご飯の支度中だが、ふと、思い出す二人。
土方さんは、山南さんと共に大坂へと出張に行ったのだった。出る前に、土方さんと山南さんに言われた事を思い出した。

「預かりの身であるお前にこういう事を言うのもなんだが…、あの娘の事を監視しておけ」
「…あたしが、千鶴を?」
「そうだ。逃げる気はないとは言ったが、父親の事が相当心配のようだから、隙を狙って屯所から出されちゃ困る。…同室のお前が一緒に行動する時間が長い。目ェ話すんじゃねぇぞ」
「女性同士、色々と困る事もありますでしょう。それを踏まえ、雪村くんの事をお願いします」
「…千鶴がそんな事しないとは思うけど、まぁ、あたしも預かってもらっている身。従いはします」
「お前なぁ、最近俺らの前じゃ態度悪くなってねぇか?」
「え?これが本来のあたしですよ?記憶が無いって扱いだから、肩身狭いんです。事情を知ってるお二人の前くらい、砕けていいじゃないですか」
「…ったく…」
「土方くんも、奴良くんの前じゃ形無しですね」
「…そういえば、二人は今から大阪…じゃない、大坂へ行かれるんですよね」
「ええ、そうです」
「…気を付けてください。絶対に、油断はしないでください」
「ええ、分かっていますよ。とは言っても、たいそうな用事ではないから、問題ないとは思いませんけどね」
「それでもっ…怪我をしないで、帰ってきてください…」
「……てめぇに言われるまでもねぇ」


「(人がせっかく心配してるっていうのに、あの二人は聞き流すんだから…もう知らないからね…)」

思い出すだけでもむかむかして、思わず包丁に苛立ちを向ける。あ、またまな板に深く刺さった。慌てて包丁を抜いて、小さくため息を溢した。
もう歯車は動き始めている。
ああやって助言はするけど、彼はきっとその身に怪我を負って帰ってくるのだろう。もし言えば、歴史が変わる。口にできないなんて、もどかしいなぁ。

「はぁ…」
「なぁにため息を溢してるんだ、緋真」

名前を呼ばれ振り返れば、戸口に立ってこちらを見ていたのは左之助さんだった。ため息がけっこう大きかったみたいで、彼に聞こえたようだ。何でもない、と笑って言ってあたしは料理を開始した。
ざっざ、と足音を立てて近寄る左之助さん。まだご飯出来てないよ、と言おうとしたあたしよりも先に、左之助は口を開いた。

「無理してねぇか、お前」
「え…?」

横に立った左之助さんを思わず見た。彼は、今まで何度も見た顔をしていた。
自分のように辛そうに眉を顰めている表情。
それを見てあたしは申し訳なく思った。嗚呼、また彼に余計な心配を掛けてしまった、と。自分の中の問題は彼に迷惑などかけていないというのに、彼はこうして何度もあたしを気に掛ける。
これからはそうは言ってられない。

「…大丈夫ですよ。こうみえて、体力はあるんですから」

そう言って話を逸らしたあたしは、卑怯だろうか。
左之助さんはじっと見つめて真意を問いただそうとしたようだけど、それは敵わず、フゥ、と息を吐いてそうか、とだけ返したのだった。

「左之助さんは、今日はたしか、非番でしたよね?」
「おう、そうだけど」
「今から何処かへ行かれるのですか?」
「まぁ、新八と平助とな」
「…じゃあ、もしかしてお昼は要らなかったですか…?」

そう言って左之助さんを見れば、しまった、とか、まずい、といったような顔をしていた。出掛けるってなると、外でご飯を食べるってなるから、そういう事だよね…。彼らはお昼いらなかったという事だ。人数分のご飯作ってるし、しまったなぁと思っていると、慌てたように左之助さんは言った。

「い、いや…!出掛けるっつっても、あーほら、すぐに帰るかもしれねぇだろ?だから昼飯いらねぇってわけじゃなくてだな…!」
「ええ。でも、お昼の時間に帰ってこられるのですか?」
「あ、あー…いや、けどよ…」

言葉を濁す左之助さんに、なんだか様子が可笑しいと首を傾げた。何か言いにくい事でもあるのか、と口を開けた時だった。

「左之ー!お、此処にいたのか!平助もそろそろ出れるっていうし、行くぞ!島原!!酒に女!楽しみだなぁ!!」

かなり有頂天な様子で勝手場に入ってきたのは新八さんだった。楽しみな様子の新八さんだったけど、左之助さんの隣にあたしがいたのが分かった瞬間、サッと顔色を変えたのだった。
あたしの隣にいた左之助さんも、だ。

「ばっか、新八!」
「あ、いや、わ、悪ぃ…!」
「…」

そうか、なるほど。彼らの出掛ける場所は島原と。
真昼間から酒と女か。なるほどなぁ。
左之助さんも新八さんも必死に弁明をしているけれど、そんな意味もない言葉など聞きたくなかった。静かに彼らに背を向けて、今日の主菜である魚を手にした。

「緋真!お前の飯は美味しいし、不味いわけじゃね、」
「今日のお昼、皆さんのおかずはいつもより多めになりそうです」
「へ…?」
「緋真…?」
「だって…」

大きく包丁を振るい、魚の頭を落とした。
ダン、という音と、宙に浮いた魚の頭。そしてビチャッと床に飛び散った魚の血。
二人が息を呑んだのが分かった。

「三匹もお魚、余ってるんですもの」

ニコリと笑い言えば、左之助さんと新八さんは脱兎のごとく逃げていったのだった。少し脅かし過ぎたようだけれど、効果はかなり絶大のようだ。
でもきっと二人は島原へ遊びにいくのだろう。

「…ま、遊び人の鯉さんがいたから別にどうも思わないけどね」

お父さんを思い出し、あたしは魚を一瞬で三枚におろして料理を再開したのだった。

prev / next