影と日の恋綴り | ナノ
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 誓う

千鶴ちゃん、ううん、千鶴と互いに姉妹のようになれたことに喜ぶのも束の間、あたしは千鶴に聞きたいことがあったためそれを口にした。
いや、確かめておきたい…のほうがいいのかもしれない。

「それで?千鶴はどうして此処の預かりになったの?聞いてもいいなら、聞きたいわ」
「…実は…」

おずおず、といった様子で千鶴は語ってくれた。彼女の出身は江戸で、父親である蘭方医の雪村綱道を探しにはるばる京までやって来たとのこと。何か困ったことがあれば、松本先生という幕府に仕える医者の下へ行くようにと父親に言われ、それを頼りに一人男装をしてここまで来たという千鶴。その日、宿を探そうとする途中で、浪士に絡まれ、逃げていた最中に、新選組の人達に会って、今に至るという彼女。
ああ、やっぱり『作品』通りの展開だった。
自分の目が冷めていくのが分かった。けれど、それを千鶴に見せないように、パッと笑みを浮かべて千鶴の頭を撫でた。

「今までご苦労様。一人で江戸から京までって、かなり疲れたはずなのに。京についてこんな厄介事なんて、千鶴ったら何か憑いてるのかしら」
「憑いて…!?や、やめてください!私、そういう話、嫌いなの…!」
「あら…。ごめんね、あまりにも不運な事が重なってて…」
「もう…お姉様ったら…」

不貞腐れたように頬を膨らませた千鶴がもう可愛くて仕方がない。ごめんねぇ、と千鶴を抱きしめて頬をすりすりとしていると、千鶴は優しい心の持ち主でいいです、と言ってくれた。
もう天使すぎてあたしこの子と逃げちゃいたい。

「あ…」
「?どうかしたの?」
「緋真姉様は、どうしてこちらに…?」
「……」

そう聞かれるとは思っていた。けれど、彼女にどう説明したらいいのか分からない。粗方は土方さんが説明したけれど、詳しい部分を千鶴は聞きたいのだろう。
自分と同じ、不遇な目にあったあたしを。

「千鶴と同じ目にあった…それは、土方さんが言ってたのを覚えてる?」
「は、はい」
「あたしも、断片的な記憶しかないわ。…ただ、不遇な目に遭った挙句、刺されたの」
「え…!?」

真っ直ぐな目で告げれば、千鶴は口を手で覆う。千鶴は殺され上遊ばれた浪士を見てしまったから、それを重ねたのだろう。そんなスプラッタな光景じゃないけどね。

「…それしか記憶はない。気付いたら、あたしは屯所の前で倒れてたようで、事情が事情で新選組預かりに。…今は、小間使いとしてやってて、徐々にだけど記憶を戻し中。…そんなところ、かな」

そう言って、あたしは話を終わらせた。
途中から千鶴の顔色が悪くなっていったのは申し訳ない事かもしれないけど、それだけは話しておいたほうがいいと思った。まぁ、戦いに身を置いてるから、あれくらいの傷でそうそう死なない…と思う。
うーん、でもあの傷だったら重傷になってるのかな…。

「緋真姉様は…怖くなかったのですか…?」
「ん…?」
「人を、簡単に殺すあの人達を…。私は、死体を横に新選組の人達と話す自分が恐ろしく感じました…」
「…その気持ちを大事にするのよ、千鶴」
「え…?」

千鶴が言いたい事は分かる。彼女は人が死ぬ瞬間を目にしたことがないのだから、人を殺すことに躊躇しない彼らが恐ろしく思えた。それが普通の考えだ。
けれど、あたしはもう違う。あの世界に生を受け、命を落とし、また命を与えられたあたしは、この手に刃を持って闘わなければならなくなったのだから。守りたいものがあるから、刃を振るう。死にたくないと思うから、自分を殺そうとする者を殺す。
結局時代が違っても、身を置く場所によって平和かどうかなんて変わってくるのだ。

「…此処に預かりとなったからには、下手な事は出来ないわ。逃げようとか思わないこと。あの人達は、ちゃんと約束は守ってくれるから」

言い聞かせるように千鶴を見れば、コクリ、と弱々しくも頷いてくれた。返事をしてくれた事に満足し、あたしは安心させるように笑う。

「暇になるけど、我慢しましょう。あたしなんか、千鶴みたいにちゃんとした保護の理由ないんだから、いつ斬られてもおかしくないのよ?」
「斬っ…そ、そういう事言わないでください…!」
「…大丈夫よ。あたしは、絶対に死ねないもの」

怖がらせてしまった事に申し訳なく思い、お詫びと千鶴の頭を撫でた。くしゃり、と顔を歪ませる千鶴は、本当にいい子に育てられたみたいで、そんな子が血をこれから見るようになると思うと心苦しかった。
あたしが彼女を守ろう。
これからくる戦いの渦。それに巻き込まれるのは、史実であり原作でも分かっていること。彼らの行く末を、彼女の未来を、あたしはこの目で見届け、見守るしかない。

「こんな可愛い妹を置いて死ぬなんて、あたしできないもの」

笑って言えば、千鶴は目尻に溜まった涙を拭って、あたしに笑みを向けたのだった。



その日の夜、あたしは千鶴が寝静まった頃を見計らい、そっと縁側へと出た。物音がまったくしない静かすぎるくらいのもので、小さくため息を溢した。

≪あの娘の妖気、どうにかならないのかしら≫

もう一人のあたしがそう言ってきた。それに苦笑して、あたしは障子の隙間から見える千鶴の寝顔を見つめた。小さく寝息を立てる千鶴は、さらに幼く見えて、リクオとつい重ねてしまった。

「(仕方ないじゃない。本人は自分の正体が分かっていないんだから)」
≪それでも、その妖気に影響されてうちらは息苦しいってのに…≫

やれやれ、と云わんばかりに肩をすくめる≪夜のあたし≫。あたし自身思うことだから否定もなにもできなくて、乾いた笑い声が出てきた。
けれど、彼女は守りたい。そう思ってしまったのは、あたしだけじゃなく、彼女もなのだ。

≪…あの子の力は、世に知られてはいけない。生き胆信仰がこの世界にあるかは分からないけれど、もし狙う者がいたら…≫
「(分かってる。…闇の世界の住人からも、彼女の敵となる者からも、あたしが千鶴を守る)」

小さな決意。
≪夜のあたし≫も≪昼のあたし≫も、結局はそういう性格なのだ。

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