影と日の恋綴り | ナノ
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 暗黒の宴

京妖怪の宿願である鵺、ううん、安倍晴明がとうとう復活してしまった。けど、復活した矢先に母親である羽衣狐を地獄へ落としたその冷酷さに、今まで羽衣狐につき従えていた者達は目を疑っていた。
その中、一人小躍りし喜ぶ者がいた。

「伝説の主の誕生じゃ〜。鵺様、バンバンザイ!」

喜び声を高らかに上げる鏖地蔵。その耳障りな声が聞こえて、あたしは殺意を向ける。
お前が、お前達のせいで、あの人は…!
憎しみが強くなり、今のうちに殺そうと一歩足を動かしたその時だった。

「清明」

腹の底から響くような声。
今までずっと鵺を守っていた土蜘蛛がその機会をずっと伺っていたのだった。

「千年振りだぁああ」

再び会い見えることが出来た喜びを声に表し、土蜘蛛はその拳を大きく振り下ろした。
けれど…。

「何…」

ピタリ、と安倍晴明に届くよりも前に、その拳は止まった。己の拳を止めているのは、五芒星。
安倍陰陽師が使う結界の一つだった。

「なつかしい顔だ」

淡々と言う言葉とは裏腹に、安倍晴明は焦りも何もなかった。印を結び、久しぶりに顔を見るであろう妖怪を前に、彼は感情も無い声で唱えた。

「滅」

瞬間、土蜘蛛の背中に何か重たいものが圧し掛かる。羽衣狐とはまた違うその威力に、建物が破壊される。
土蜘蛛が向かう先は、地獄だった。

「せいめいィィィ待てコラァア」

地獄の住民達に腕を身体を掴まれ、土蜘蛛は地獄へと落とされてしまったのだった。

「そんな…」
「土蜘蛛が一瞬で…」

その光景をただただ見るしかなかったあたし達は驚くしかなかった。あんなにもあたし達が苦戦した、災厄の妖怪。そんな彼が一瞬で地獄に落とされるなんて、思いもしなかったのだった。
羽衣狐、土蜘蛛と、強い妖怪達がいとも容易く安倍晴明に倒されていくその事実に息を呑む。

「晴明様。約束通り、刀をお持ちしましたよ」

控えていた鏖地蔵が、安倍晴明に刀を渡した。
それは、魔王の小槌だった。
魔王の小槌を受け取った安倍晴明はそれを手にし、京都を一望した。五目盤のように綺麗で、趣ある京都。日本の最古といわれる都を目の前に、安倍晴明は何を思ったのか魔王の小槌で空を切ったのだった。

「?」
「っ…」

安倍晴明の行動に理解できていない妖怪達。しかし、次の瞬間、京都の至る場所で火柱が立ったのだった。

「なっ…」
「京都が…」

一瞬で炎に包まれる京都にあたし達は開いた口が塞がらない。
お父さんはあたしを庇うように立ってくれたけど、それでも見えたその光景。その一振りで、いったいどれだけの命が絶たれたのか、考えたくもなかった。自分が青褪めているのが分かる。でも、ただ多くの人達の命が消えたことだけじゃなくて、それ以上に、今から知られていく数々の真実を聞いて、お父さんが、鯉伴様が取り乱さないのかが怖かった。

「うん、いい刀だ。ごくろうだった、山ン本五郎左衛門」

鏖地蔵に向けて行った晴明の言葉に、奴良組は固まった。

「…は?」

両眼を見開き、鯉伴様は鏖地蔵を見た。鯉伴様だけじゃない、黒田坊も、神無も、燈影も、二代目の百鬼夜行だった皆が、その名を口々にして騒ぎ出した。

「山ン本…!?」
「山ン本五郎左衛門だと…!?」
「どういう事だ…!?」
「何で、どうしてそいつの名前が出てくるの…?!」

騒めく一部に、まだ入って間もない者や遠野の妖怪達は首を傾げた。誰だと、口に出した淡島に応えたのは黒だった。

「…江戸にいた妖怪…。かつて奴良組と戦った男!!二代目によって滅亡した“江戸百物語組”組長の名だ…」
「あ奴が手を引いていたという事か…」
「なら、あの時、緋真様を刺された時の事も…?」

知りたくもない真実の一部が次から次へと出てきて、奴良組のみんなは混乱しかける。それは京妖怪も同じようで、今まで居たと思っていた妖怪が、知らない存在であた事に戸惑いを隠せていなかった。
それはお父さんも一緒だった。お父さんは立ち尽くした様子で、山ン本五郎左衛門と呼ばれた鏖地蔵ただ一人、そいつだけを見ていた。
お父さん、駄目、お父さん…。

「お父さん、ねぇ、っ…鯉伴様…!!」
「なぁ、緋真」
「!」

大好きな声なのに、怖かった。

「お前、アイツが誰なのか知ってたのか…?」
「っちが、あたし、知らない…!」
「どういう事だ…、なんで山ン本が出てくるんだ…!」

取り乱したお父さんは、あたしの両肩を強く掴んでそう言ってきた。肩を掴む力が思う以上に強くて、深く食い込む指。
泣きたくないのに、泣きそうになった。

「緋真、お前は、お前はあの時、何を“知って”たんだ…!」
「!!」

その言葉にあたしは堪えていた涙が零れた。
違うの、違うの、鯉伴様。確かに私は知ってた。全てを“知って”いる。でも、それでも、貴方を助けたかったから、ただそれだけだったの…。

「おと、さ…」

フルフル、と力弱く首を横に振る。必死なお父さんが、ううん、鯉伴様がただただ恐ろしかった。

「晴明様………。正確には“山ン本の目玉”でございます。現世では鏖地蔵とお呼び下さい。“山ン本”は百二分かれておりますゆえ…、混乱いたしますからな――」
「緋真、何とか言ってくれねぇか…?!」

あの日の出来事の後ろのいくつもの悲劇。
羽衣狐復活の裏にあったそれを鯉伴様が知った時。

「りは、さま…」

貴方はどう行動するのかが“私”は怖いのです…。

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