影と日の恋綴り | ナノ
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 鵺の復活

貫かれた身体。痛みが感じる前に、目の前に映し出された光景に、羽衣狐は…ううん、彼女は目を細めた。
鯉伴様と手を繋ぐ姿。
抱きしめられた姿。
山吹の花を手に微笑む姿。
幸せで、この上ない幸せで、愛おしい光景。

「お父様…愛しい時間だった…」

柔らかく、鈴のように綺麗な声。

「リクオは…成長したね…」

そして、緋真には償いきれぬ罪を遺してしまったわ。

「ごめんなさい、ね…」

聞こえたその言葉に、ヒュッと息が止まった。

「ど…え…?」

羽衣狐の言葉にリクオは青ざめる。けど、聞き返す前に彼女の身体からは力が抜け、リクオに身を委ねてしまった。

「!!おい、どういうことだ!!羽衣狐!!」

彼女の零した言葉にリクオは狼狽え、声を荒げる。けれど、意識のない彼女はそれに答える事は出来なかった。
瞬間、彼女からそれははじき出された。

「なっ……なぜじゃああああああ」

声を上げ、頭を振るうのは生前の姿の羽衣狐。
否、信田の狐。
身体から出て行く妖気は、リクオの祢々切丸によって斬られたから。再び妖気を取り戻すべきだろうけれど、それよりも理解できぬ事。

「ありえぬ、この依代には完全に乗り移っていたはず。なのになぜ…!!あ…頭が割れるように痛い…!!」
「あれが…羽衣狐…」
「っ…」

その姿に、お父さんは見覚えがあったようだった。

「なぜじゃ!?400年待ちに待った…最高の依代だと言うてたではないか!!」

そう言った羽衣狐は、バッと勢いよく高みの見物を決め込んでいた鏖地蔵へ顔を向けた。ニヤニヤと笑う薄気味悪いソイツ。

「貴様、妾を復活させたとき…何かしおったか!?」

鏖地蔵に背を向け、説明を問いだそうとする羽衣狐の背に、鵺のカケラが落ちてきた。
それに浮かぶのは、あの日の続きだった。

『お姉ちゃんは…誰?』

映っていたのは、幼い可愛いリクオ。
自然と目が行った羽衣狐の目に映ったのは、その次だった。

『よくやった。これで宿願は復活だ』

幼い娘の背後に笑い立ち、刀を受け取るのは鏖地蔵。
嗚呼、今思い返すだけでも腹が立つ。

『そこにいるのは…誰?』

風が吹き荒れ、桜と山吹の花びらがリクオの視界を邪魔する。その中、リクオが見たのは、羽衣狐以外の人間。
そして、お父さんも思い出すその光景。

『緋真姉ちゃんを刺したのは、誰?』
「っ…そうだ、あの時…」

お父さんも目を丸くした。
リクオを背に、あたしを腕の中にしたお父さんが、“鯉伴様”が見たのは、彼女と瓜二つの娘とその後ろ。

「…アイツが、」
「せ…せいめい、お前…お前が後ろで糸を引いておったのか!?」

お父さんの言葉を消すようにして叫ぶ羽衣狐。ベキベキ、と鵺のカケラがあとわずかとなった中に、見えたその人影。
自分の子を見間違えるはずはない羽衣狐は、叫ぶ。

「答えよ、晴明!!」

妖気がほぼ無くなりかけ、焼けるような痛みに頭を抱える羽衣狐の前に、ヤツは、見下ろしたのだった。

「すまぬ、母上…」

鵺の正体…安倍晴明が。
逆光によって顔に影が差し、凛々しく見えるその顔立ち。長い金色の髪を風になびかせ、立つ姿に、羽衣狐はようやく会えた息子に許してしまうのだった。

「すまない…………。“あの女児を母上に”と…地獄からあてがったのは私です。こうなるとは思っていなかった…」

淡々とした口調で言った鵺に、母親はそんな事など気にしなかった。ただ会えた自分の愛しい子に、責める気持ちなど皆目ないのだから。

「おおお…晴明…。やっと、この手に…」

近くへ寄ってきた息子を抱きしめることが出来た羽衣狐の目には涙が。
しかし、感動の再会は一瞬で残酷な別れとなった。
煮えたぎるマグマと地獄の業火が聞こえた。

「あれが…“地獄”です。私が千年間いた、妖も人も…還る場所です」

地獄の業火に焼かれながら、もがき苦しむおぞましい声。そして、お前も道ずれだといわんばかりの、数々の手が出てきた。腐りかけの匂いは瘴気。思わず鼻を着物の裾で抑えてしまった。
その時、晴明に説明されて理解が出来ていない羽衣狐に抗う事の出来ない力が襲った。徐々に晴明と離れていく身体が向かう先は、地獄だった。

「千年間ありがとう…偉大なる母よ。あなたのおかげで再び道を歩める…」
「っ…」
「あなたは私の太陽だった。希望の光…ぬくもり…」
「せいめいッせェェメェェ!!愛じでるウウウウ!!!」
「あなたに背を向けてこそ、この道を歩めるのです。影なる魔道―背に光あればこそ。私は真の百鬼夜行の主となりて歩む」

声が止んだ。

「ゆくぞ妖ども。私に…ついてこい」

冷酷無慈悲なその光景にあたし達は息を呑んだ。
何度も宿願を断たれながらも、こうしてもう一度産んだ母親を、コイツは、何の情も無いままに地獄へ堕としたのだった。

「っ…」

あまりにも羽衣狐が可哀想だった。

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