影と日の恋綴り | ナノ
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 追憶の欠片

降り注ぐ破片に、あたし達は呆然とした。

「晴…明?」

甲高い音とともに割れ始める鵺。いや、鵺はその中であり、あれは殻。

「晴明!?晴明なの!?」

バラバラと降り注ぐ欠片を見て、羽衣狐は空を仰ぐ。疑うような声は、歓喜に打ち震えていた。

「うわぁああ」
「われた!?」
「おおぬえがー!!」
「おお…おお…。晴明…、待ちわびたぞ!」

京妖怪が喜び、羽衣狐はようやく会える息子に身体を震わせていた。
一方、あたし達はその光景に茫然としてしまう。

「っ…」

間に合わなかった。
鵺の誕生を阻止できずに、開いた口を閉じられない。近付く闇の世界への道。
その中で、一人、諦めていないのがいた。

「まだた」
「!」

京妖怪は喜び、奴良組は騒然とする中、リクオの声は聞こえた。

「まだ…話は終わってねぇ…羽衣狐」

その言葉が届いたのか、羽衣狐はゆっくりとこちらへ振り向いた。

「余興は終幕じゃ。我々の戦いなど、晴明の誕生前夜の盛大な余興にすぎないのだから…」

降り注ぐ鵺の欠片に数々の映像が映し出された。
それは、羽衣狐の千年の記憶。

「長かった…千年の記憶が蘇る…」

波に打ちつけられる女。

「なんだこりゃ…!?」

馬にまたがり、戦に駆り出る女兵。

「映像…!?」
「昔の…!?」
「これは…羽衣狐様の記憶…」

本来の姿である信田の狐は平安時代。
尼となり戦場に赴く女は鎌倉時代。
これが全て、羽衣狐というのだ。
弐條城は思念の産んだ幻の城。つまり、羽衣狐の千年の記憶が、鵺のカケラにうつりこんでいるということ。

「何度も何度も晴明を思い―転生を繰り返した」

そのたびに、望みは何度も断たれた羽衣狐。映像は、悲惨な末路を映し出していた。
我が子を想い、転生する妖怪。
そして四百年前の戦国終わり、豊臣政権の時代。

「やっと…力を得たと思えば」

何度も転生し強くなる羽衣狐の積年の想い。宿願達成まであと少しというとろこで、羽衣狐は再び断たれたのだった。
一際大きなカケラに映ったのは、羽衣狐に一閃を放つ若き頃の爺や、ぬらりひょんの姿。

「お前たちさえいなければ、もっと早く晴明に会えたのじゃ!!」

刹那、羽衣狐の尻尾がリクオに向かって振り上げられた。槍に突き刺さったダメージも蓄積され、されるがままのリクオ。
血が、宙を舞う。

「リクオッ…!」
「待て緋真!お前が行っても危険な目にあうだけだ!!」
「やだ、リクオがあんなになるのを見とけって…そんなの、あたしには無理…!!」

リクオの元へ動いた身体を後ろから抑える燈影。リクオの血がダラダラと流れ、滴り落ちる。
微動だにしないリクオにゆっくりと歩み寄る羽衣狐。

「これで、本当に終幕じゃ…」

振り上げられる太刀。羽衣狐の優勢なんてとうの昔に分かってるその光景で、ただ見ていられるはずがなかった。

「っ緋真!!」

一瞬の隙をついて、燈影の腕から抜ける。お父さんも咄嗟の事で反応出来なかったのか、あたしに手を伸ばしたけれど一歩遅く、掴めなかった。
リクオの身が危ないっていうのに、お姉ちゃんであるあたりがじっとしていられるわけないじゃない…!
間に合うか、いや、間に合わせる…!
印を結んで、結界を作ろうとした刹那。

「…ねえ、さ…」

名前を呼ばれて上を見上げれば、足が止まった。それは、あたしだけじゃなく、羽衣狐もだった。
リクオと羽衣狐の後ろに、大きな鵺のカケラが落ちてくる。それに映し出されたのは、

「ぁ…」

鯉伴様に届きそうになった刀をあたしが庇い刺さった後ろ姿。奥に見えるのは、口元に弧を描いている幼い娘。
この視点は、あたしでも、お父さんでもない、もう一人その場にいた…。

「っ…」

幼いリクオの記憶。
知らないその映像に、京妖怪も、そして、奴良組も声を上げた。

「な…なんだ、あの記憶は」
「二代目…?」
「鯉伴…!?」
「緋真様が刺されておる…」
「…っ、こいつぁ…」

次々とカケラに映し出されるリクオの記憶。それに混じるようにして、羽衣狐の記憶も映される。
あたしでも、リクオでもない、幼い娘に手を差し伸べる優しい表情の鯉伴様。
それは、あの日の出来事。
お父さんの気が乱れているのが分かった。そして、羽衣狐が突然、頭を抱えて呻きだした。

「うぅ、ううううう!!」

ドクリ、と胸が鳴った。
その時が近づいていたのだった。

「そこで何をしておる娘…」

頭が酷く痛いというのに、羽衣狐は自分の死角から構えているゆらさんを見つけた。羽衣狐の意志によって動く尾がゆらさんを殺そうとしたが、それは竜二さん、そして魔魅流さんが阻止した。水と雷、混合した術を羽衣狐の動きを止めようとしたけれど、魔魅流さんの身体を貫くのは、羽衣狐の尾。驚く間もなく、竜二さんも弾き飛ばされた。

「竜二さ、魔魅流さ…!」
「竜二さん、魔魅流さん!!」
「神無…!?」
「くっ…ゆらぁ!うてぇええ!!」

魔魅流さんを朧で空間移動をさせ、その身で竜二さんを受け止めたのは神無だった。神無に驚くあたし達だが、竜二さんは、それよりも、ゆらさんに向けて叫んだ。
ピリッ、と肌を刺すような感覚。
ゆらさんの周りに生まれる霞。そして、ゆらさんに集まり始める高尚で絶大な霊力。一つ、また一つと浮かび現れるのは、花開院の先祖であり代々の秀元。その中には、先代二十七代目秀元の姿もあった。
『破軍発動』
大砲のように集中した術式は、縄のように羽衣狐を拘束した。ゆっくりと、荒い息をしながらも、弟は祢々切丸を手に動いた。

「っ…」

あたし達が何かを思う中、リクオはその刃を振りかざした。
深く身体に貫く祢々切丸。
リクオの奥に落ちてきた鵺のカケラ。それを最後まで見ていた羽衣狐はうわごとのように名を呼んだ。

「お父…様…」

あたしと、リクオの父親を。

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