▼ ようやく対面
(千鶴side)
「そういうことで土方くん。彼女のこと、よろしくお願いしますね」
「……てめぇら、勝手に決めてるんじゃねえ!」
一時はどうなるかと思ったけれど、私は彼ら、新選組預かりという事になった。
こんなやりとりを見ていると、今更ながら少しずつ不安になってくるけど…。とにかく、こうして私はこの新選組にお世話になることが決まったのだった。
私の処遇がひと段落したところで、ふと土方さんが近藤さんに顔を向けた。
「近藤さん、あいつにも伝えるべきか?」
「ん?」
土方さんに尋ねられた近藤さんは、少し考える素振りをした。
あいつ?って、誰のことなんだろう…。
近藤さんに尋ねたことだけど、他の人達も思い当たる人物がいるのか互いに顔を見合わせていた。此処に居る人全員が知っている人、なのかな…。
話の流れが分からない私は間に挟むことも出来ないから、ただその会話を聞くしかなかった。
「事情も事情だからなぁ。うむ、あの子にも伝えておくべきだろう。同じ者同士、何か思うこともある」
「つーことは、アイツの処遇もまた改めておくべきって事か…」
近藤さんの言葉に、土方さんは思い切りため息を吐いて、私の方に目を向けた。ううん、私の後ろに居た原田さんに目を向けたのだった。
「原田、あいつを呼んできてくれ」
「…いいのかよ」
「近藤さんもこう言ってんだ。仕方ねぇだろ」
「分かったよ」
少し渋った様子の原田さんだったけど、土方さんにそう言われたら断ることもできないと、部屋を出て行ってしまった。去って行く背中を見つめていると、私に話しかけたのは沖田さんだった。
「君みたいに不遇な目に会った子が一人いるんだよ。知ってて問題はないよ」
「私と、同じ…」
「あんたとは理由は違うが、同じようなものだ」
私の呟きを拾って、斎藤さんがそう答えた。
不遇な目、というと昨日の夜に出会ったあの血に狂ったような人達の事なのだろう。理由は違うけど、その人も私と同じで何らかが原因で見てしまって、此処に預かる事になっているということと思っていいみたい。
理由や経緯は違うみたい。でも、その人と仲良く出来たらいいな、と思った時だった。
「連れて来たぜ」
静かに原田さんが入ってきた。少しだけ部屋の雰囲気が柔らかくなったように思えた。心なしか、皆さんの表情も穏やかになっているように見える。
原田さんが中に入り、後ろに控えていたその人を呼ぶ。
「緋真」
そう言って、障子越しに見えた姿。姿勢が綺麗なその人影に、自然と私の背筋も伸びた。
「奴良緋真です。失礼致します」
聞こえた声は物静かで柔らかい、綺麗なものだった。
原田さんに続いて中へ入ってきたのは、綺麗な漆黒の髪が腰まである、綺麗な女性だった。女の私も思わずその見目に見惚れるくらいに。
伏目がちな目をゆっくりと上げて、その人は私に目を向けた。
瞬間、ゾクリ、と私の中で何かが駆け巡った。今までにない感覚で、感じたことのないそれに、私は畏れた。彼女の雰囲気なのか、彼女の何かが私を畏れさせた。
「っ…」
奴良緋真さん。そう名乗っていた。
奴良さんは、いったいどういう理由で此処にいるのか、それが聞きたくて仕方がなかった。
(千鶴side終)
左之助さんに呼ばれて連れて行かれたのは、幹部の皆さんが会議をする部屋だった。呼ばれた時、深刻そうな表情をする左之助さんにどうしたのかと思ったけど、きっと“厄介事”をあたしにも説明してくれるためだと分かった。
室外から感じた一つだけ違う気にあたしは目を細めた。
記憶が無くても、気配を変える事は出来ない。彼女の気に変な影響を与えないように気をつけようと思いながら中に入れば、案の定彼女は私を見て“畏れ”ていた。
この姿でも、彼女の本能は分かってしまうようだった。
あたしを見て固まる彼女ににこり、と笑いかけて隣に座る。心配そうにあたしを見る左之助さんが目に入って、大丈夫だと目で伝えた。
「こいつは奴良緋真。お前と同じで、新選組預かりになっている身だ。だが、厄介な事に、自分の記憶を失くしてるんだ」
「記憶、を…?」
「あ、でも、少しずつ思い出していますよ。今日なんて、弟の事を思い出したんです」
「……」
あたしが記憶喪失だと言うと、驚いてこちらを見る彼女。そんな彼女に声をかける前に、土方さんにニコリと笑ってそう言えば、一瞬だけど眉間に皺が寄った。そして、付け加えるようにして、左之助さんも本当だ、と口にしてくれた。
さらに眉間に皺が寄ったのが分かった。
だってその設定、忘れてしまうんだから仕方ないじゃん。
そうは言えないため、土方さんに笑いかける。まぁ、あとで土方さんの元へ行くとしようと決めたと同時に、土方さんはあたしから彼女へ目を向けた。
「緋真、そいつは雪村千鶴。お前と同じで新選組預かりになった」
「あら、そうなんですか」
土方さんに紹介され、ようやく彼女の名前を知れた。彼女に身体ごと向けて、そっと彼女…千鶴ちゃんの手を両手で握った。にこり、と笑い口を開けた。
「奴良緋真です。同じ預かり同士、仲良くしましょう?」
「あ…、雪村千鶴です。よろしくお願いします…」
「よろしくね、千鶴ちゃん」
「はい。………え?」
その言葉に彼女は目を丸くしあたしを見たのだった。
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