影と日の恋綴り | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

 彼に振り回される

朝、早めの起床をし、あたしは慣れた手つきで高めのところで髪を結い、着物の裾を襷を掛けて邪魔にならないように縛る。人がいないのを確認し、井戸で洗顔したあと、部屋には戻らずそのまま勝手場へ向かう。

「…あれ」

けど、幹部の食事をつくる勝手場は誰もいなかった。おかしいな、いつもならこの時間は当番の人がいるのに…。
不思議に思っていると、カタリ、と物音がしてそっちに目を向ける。戸口に立っていたのは、井上さんだった。

「井上さん、おはようございます」
「ああ、奴良くん。おはよう」
「今日は井上さんが担当ですか?」
「いや、私ではないんだけどね…」

言葉を濁した井上さんに首を傾げた。当番じゃない井上さんが来たというのは、どういう事だろうか。見過ぎていたのか、井上さんは困ったように眉を下げて、あたしに言った。

「すまないね、今厄介事があってね。奴良くん、申し訳ないんだが今日は一人で頼めるかい?」
「…はい、もちろんです。あたし一人で作りますよ」
「すまないねぇ」

昨晩の事を思い出して、あたしは特に聞かずに了承した。井上さんは心底申し訳なさそうにしていて、あたしは気にしていないと笑って、朝食作りを始めた。
さて、と。なにがあるのだろうか、と材料を確認する。魚は干物がまだあったはず。なら、大根をおろして、干物焼きにしよう。あとは大根の葉を味噌汁の具材にして、それと…と、考えていたけど、ふと思考が止まった。

「……」

厄介事というのは、きっと彼女の事なのだろう。昨晩の騒がしさを思い出せば分かること。
彼女の処分を幹部たちで話し合って決めようとしているとすれば、忙しいのも仕方がない事だ。首を突っ込むわけにもいかず、あたしはただいつもと変わらない態度をするしかない。
昨晩の事、ともなれば、今更ながら沸々と思い出す昨日の左之助さんの事。
自分がふしだらな格好をしていた事に気付いていないとはいえ、あの人は、あたしの胸を見たという事。

「誰にも見せたことないっていうのに…!!」

奴良組の皆にも見せたことも見られたことも無いのに、左之助さんは、ラッキースケベというものをしたっていうことだ。くそ、奴良組の皆が居れば泣きついて告げ口するというのに…!
怒りをそのまま、粗方の朝食の献立を決めたあたしは作業を始めた。時々、包丁に力が入ってまな板に包丁が深く刺さったりしてしまったけど、気にしない。

「左之介さんのだけ、大根いっちばん辛いところを入れてやる…!」

あたしのささやかな仕返しだった。
でもきっと、左之介さんの舌はこんな辛さへっちゃらなんだろうけど。
そして作り終え、盛り付けも完成した頃に、配膳を手伝いに来てくれたのは平助と…。

「おう、緋真。おはよう」
「…」

今会いたくない左之助さんだった。
挨拶をされたけど、ツーン、とそっぽを向いてやれば困ったように笑う左之助さん。あたしと左之助さんの様子に分かっていない平助は首を傾げる。それを無視し、あたしは平助に声を掛けた。

「平助、おはよう。これ、朝食。みんなの分もお願いね」
「お、おう。緋真、今日は…」
「いつも通り、あたしは部屋で食べるよ」

平助はしばしば、あたしに一緒にご飯を食べようと誘ってくれる。それは新八さんも一緒だけれど、それをあたしはいつも断っている。理由としては、彼らと一緒に食べる時に何か聞いちゃいけない話を聞いてしまってはいけないからだ。口がゆるい人たちがいるっていうのは、知っているから。

「…そろそろ一緒に食べようぜ」
「うーん、あたしが聞いちゃいけないことを聞いたらいけないんだもん」
「うっ、だ、大丈夫だって!俺らそんな口軽くねぇし…」
「あれ?でも、この間、山南さんが口が軽くて困るって…」
「さ、ささ山南さん何言ってんだよ!!」
「言ってないけどね」
「はぁ?!」

サラリ、と嘘を言えば慌てたように弁解しようとした平助が可愛くてクスクス笑ってしまった。平助はあたしにちょっと怒ったように名前を呼ぶけど、すぐにやれやれと云わんばかりに笑う。
っと、ここで長話しているとご飯が冷えちゃう。

「ほら、早く運んでくださいな。…左之助さんも、早く行ってくださいね」
「…分かったよ」

ニコリ、と穏やかではない笑みを浮かべて言えば、左之助さんはあたしを怒らせたと分かったようで、素直に運んでくれた。平助はやっぱり鈍感みたいで、状況が分かってない様子。でも、彼に言わなくてもいい些細な事だから、気にしないでと言い、運ぶようにお願いした。

「緋真、今日もありがとよ!」
「うん。残さず食べてって皆に伝えて欲しいな」
「おう!つっても、緋真の飯を残す奴なんていねぇけどな!」

ニッと笑って平助は御膳を持っていった。嬉しい言葉を言ってくれるなぁ、と笑えば、そっとあたしの横に立つ人が。
言うまでもなく、左之助さんだった。

「…ほら、早く運んでください」
「いつまで怒ってんだよ。ありゃ事故だって」
「そ、れでも…!恥ずかしい気持ちしたんですから…!」
「俺は御馳走さんって思ったけど、緋真からしたらそりゃそうなる、か」
「ごち…!?」

サラリ、と鼻の下を伸ばす事もしないで言う左之助さんに、むしろあたしが赤くなる。顔の熱を冷まそうと、頬に手を当てる。
もうイヤ、自分が恥ずかしいだけだ。

「…もう二度とあんな醜態晒しません」
「そうしてくれ。他の奴が見たってなると、俺、容赦なくそいつを槍でぶっ刺しそうだぜ」
「……は?」

カラカラと笑って言うような言葉じゃないのが聞こえたが、あたしが聞こうとする前に左之助さんは「緋真の飯、楽しみだ」と言って話を逸らしたのだ。そのままあたしの制止の声を聞かないで出て行こうとした左之助さんだが、何か思い出したように声をもらして、あたしを見た。
その表情は一変、真剣そのものだった。

「緋真」
「なんですかっ」
「今日は大人しく部屋に居てくれ」
「…!」

皆さんの御膳を持っていくのを手伝おうとした手が止まった。数秒の間が生まれ、あたしはそっと静かに御膳から手を離して、左之助さんを見た。

「分かりました。…教えてくれて、ありがとうございます」

やっぱり彼は優し過ぎる。

prev / next