影と日の恋綴り | ナノ
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 薄幸の雪

あの日の昼食はあたしが作ったと幹部の人たちに知られてから、あたしは食事のお手伝いをするようになった。
実はと言うと、食事のお手伝いをした時土方さんや沖田さんに反対された。何か異物混入されても困る、とも言われた。それにカチーンときたあたしは、じゃあ監視してください。と売り言葉に買い言葉。その日はたまたま土方さんと山南さんが食事当番だったようで、二人が監視する手前料理を作った。
結果、あのような反応を貰えた。

「(ふふん、ざまぁみろ)」

それから時は経った。
文久元年、師走。
世界は大きく動き始めた。

「…リクオ…」

縁側で日向ぼっこをしていると、ぽろりと口から出たのは可愛い弟の名前。
そっと目を閉じたら、瞼の裏に映る私の弟は楽しそうな笑みを浮かべてあたしのほうを見ていた。「緋真姉さん」と心弾ませた声で呼ぶリクオが、あたしに手を伸ばす。その手を取ろうとあたしも手を伸ばすが、ふっとリクオは消える。目を開ければ、ただ空を切ったあたしの手。

「…」

夢と現実が混ざっていたようだった。そのまま手を見つめて、空へと伸ばす。
雲一つない蒼き空は、清らかで清々しい。

「なぁに、ぼーっとしてんだ?」
「!」

伸ばしていた手を掴まれた。我に返ったとき、彼はあたしの後ろにいた。

「左之助さん…」
「ぼーっとしてて。何かあったのか?」
「……」

原田さんこと、左之助さんはあたしの手を離すつもりもなく、あたしの手を掴んだまま隣へ座った。
掴まれた手が熱い。

「いい天気だろうが、空気は寒いな。風邪ひくなよ」
「それは、左之助さんの方こそです。寒くないのですか?」

離さないと分かった以上、何も言うまい。左之助さんの格好を見てそう言えば、ハハッと笑って俺は大丈夫だ、と答えた。そんな彼だからこそ、さっきのことを話そうと思った。

「……さっきまで夢を見てました」
「へぇ、夢か」
「はい。…弟が、あたしのことを呼んで手を伸ばしてくれたんです。『緋真姉さん』って…」

でも起きたら、夢だったみたいです。
そう言って左之助さんに笑いかけると、彼はあたしを見て驚いた表情をしていた。

「左之助、さん…?」
「緋真、お前。記憶が戻ったのか…?!」
「ぇ…あ…」

ふと忘れる自分がここに預かられている理由。あの紛い物のせいで記憶が無いという設定になっていたのを普通に忘れていた。左之助さんはどうなんだ、と手を離しあたしの両肩を掴み尋ねる。必死な形相の左之助さんにあたしはただ戸惑うだけ。

「…ごめんなさい、それだけしか覚えが無くて…」
「っ、そう…か…」

左之助さんの声は沈みきっていて、嘘をついていることに物凄く罪悪感が生まれる。自分の正体を知られるわけにはいけないとはいえ、左之助さんは心からあたしを心配してくれていると分かるから、申し訳なさでいっぱいだ。
でも、いつかは、彼に教えたい気持ちもある。

「弟は」
「え…?」
「弟は、どんな奴だったんだ?」

中庭に目を向けてそう聞いてきた左之助さんに驚く。あたしの事の話に興味持ってくれているなんて、思いもしなかった。いや、左之助さんの事だ、そこからまた何か思い出すように手助けしてくれてるのかもしれない。
真意はどうなのか分からないけど、その気持ちがとても嬉しかった。

「弟の名前は、リクオっていうんです。全部が全部思い出したわけじゃないのですが、あたしを慕ってくれていました。すごく可愛くて、でも、カッコいいところもあって、自慢の弟です」
「へぇ…」
「リクオは私の二つ下なの。もともとイケメンだったのに、最近はさらに磨きがかかってて…」
「…そうか」
「そ、そう!たしかね、許嫁もできたの!たしかね、名前が、ええと…」
「緋真」

言葉を遮られた。左之助さんを見れば、眉を寄せて辛そうな表情をしていた。

「無理に思い出そうとすんじゃねぇ。弟がいたって記憶が思い出せただけでも、進歩なんだからよ」
「…はい」

本当に彼は優しい人だ。下心のない優しさだと分かるほど、彼を知ってしまった。素直に頷けば、左之助さんはそっとあたしの頭を撫でた。優しい手つきに、心がぽかぽかと暖かくなる。
その反面、嘘をつき続ける自分が酷く醜く思えた。



「ん…?」

その夜、複数の足音で目が覚めた。気配を勘づかれないようにした歩き方だけれども、夜となれば妖の血がやけに敏感に反応するから、気付いてしまう。
気になって障子を開けた。

「おっと」
「!」

けれど、それは寸前で阻まれた。ガッと、勢いよく止められた障子には赤い布を巻いた手が。それだけで誰かなんて分かった。

「左之助さん…?」
「起こしちまったな、緋真。すまねぇ」

あたしの呼びかけに答えず、左之助さんは困った様子であたしに言った。見上げる形になるあたしの体勢で、左之助さんと目が合うと彼は何処かを見てカッと頬を赤らめた。
え、どうしたの?

「左之助さん…?」
「わ、わりぃ緋真!」

もう一度呼べば、脈絡もない謝罪。さらに意味がわからなくて首を傾げたら、ドタドタと響く足音。

「左之!」
「…あれ、新八さん?」
「ぇ、緋真?!」

身体を仰け反る左之助さんのスキを狙い、顔だけ廊下を覗かせれば、新八さんが隊服を着てこちらへ慌てた様子で駆け寄っていた。あたしを目にして驚いたけれど、さらに驚くことが。

バチンッ

「…え?」
「いっ、でぇぇ!!」

何ということでしょう。
左之助さんが静かに立ち上がったかと思えば、あたしに駆け寄る新八さんの顔を思い切り、思い切り手のひらで叩いたのでした。ラリアットじゃないけれど、すごくいい音がしましたよ?

「な、にしやがんだよ左之!」
「悪い。新八の顔に蚊が飛んでたの見えてよ」
「あ?そうなのか?」

いやいや、そんなわけないじゃん。冬だよ?冬の時期に蚊って飛んでるっけ?いや飛んでません。
それなのに納得する新八さんはアホというのか天然というのかなんというのか。ちゃんと見てよ、左之助さんも自分が言ったのにこいつ大丈夫か?みたいな顔してるよ?

「まぁ、いいや。ほら、それよりも早く行くぞ。前川邸から脱走したヤツら、土方さん達が追いかけたみてぇだ」
「俺達は?」
「他の連中も逃げねぇように待機だ」
「……」

不穏な空気を感じてあたしは口を開けることすら出来なかった。それよりも、脱走したヤツらというのは、例の紛い物のことなのだろうか…。そして、土方さんが直々に向かった。
世界が動き始めたということなのだろうか。
あたしに背を向ける彼らを見ながら、その脳裏に浮かぶのか可愛らしい女の子。この世界の鍵となる存在。

「あぁ、そうだ。緋真」
「!」

左之助さんに名前を呼ばれて我に返れば、あたしを安心させる笑みを浮かべていた。新八さんも同じだった。今から遅めの巡察をするのだろう彼らに、行ってらっしゃいでも声をかけようとしたあたしに、左之助さんが爆弾を放った。

「そんなに前緩めてると、こぼれちまうぞ。…ま、俺はいいモン見せてもらったけどな」
「…へ?」

片目を閉じていい笑顔を浮かべた彼は、何かを察した新八さんを無理やり連れて行った。何のことを言っているのだろうかと思い、視線を下にずらして言葉を失った。

「っ……!!」

それなりに大きく自分の胸が、寝衣から見え隠れしていた。つまり、それが左之助さんは見えていたわけで。…待って、あの時左之助さんは顔を赤らめてた。それは、彼の目線から考えたらその、眼下に広がる光景だったわけで。

「っ!!」

咄嗟に口を抑え、声を上げそうになったのを堪えたあたしを誰か褒めてほしいくらいだった。
翌朝、左之助さんと目も合わせなかったことは言うまでもない。

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