▼ 小さな変化
(原田side)
結局土方さんや山南さんはどうやってあんな美味しい飯を作ったのかを教えてくれないまま仕事に戻っていった。何か知ってそうな総司に聞こうと思ったが、巡察があると言ってそそくさと出て行きやがった。色々と気になる事を残す彼らになんなんだ、と思いながらも俺は緋真のもとへ昼飯を届けに行く。土方さんに頼まれたこともあるが、最近アイツと話していなかったから久しぶりになる。
そこでふと、もしかしてと、俺らしくもない仮定が生まれた。
「(もしかして、この飯…)」
まさかそんなはずねぇ、とすぐに否定した。けど、今日は土方さんと山南さんが当番だった。あの二人の作る飯は俺らの中じゃ美味いほうだ。でも、あの二人の味付けは苦いものがある。原因はなんとなーくだが想像できる。けど、今日のは苦味もない渋みもない、俺達の好きな味付けだった。ご飯も釜で炊くにしてもふっくらとしてて、どっかの料亭の飯かと思ったくれぇだ。
「…」
緋真に出す配膳を見つめる。
なんとなくだが、昼飯を作ったのは緋真じゃねぇのか、と思った。
本当か分からねぇから、会って聞けって土方さんは俺に言いたかったんじゃねぇのかなと思えば、話を逸らすように俺に命令したのも頷ける。
考え事にふけってると、緋真がいる部屋に到着する。ここまで来れば腹をくくれってんだよな。小さく息を吐いて緋真を呼ぼうとした。よりも先に、障子が勝手に開いた。
ハッと少し下に目を向ければ、俺に柔けぇ笑みを浮かべている緋真が。
「あ、やっぱり原田さんでした」
「ぉ、おう、緋真。よく分かったな」
「なんとなく、ですよ」
ふふ、と口に手を添え笑う緋真は、女らしい雰囲気で、島原にいる女達とはちょっと違って戸惑っちまう。緋真は「あ、お昼ですね。ありがとうございます」ときちんと礼を言って俺から昼飯を受け取る。普通ならそのまま去って時間を置いて部屋にまた来る事をするが、今日は久しぶりに緋真と話をするし、聞きたいこともあるからそのままおることにした。
それが緋真も分かったのか、どうかしたのかと聞いてきた。
「あー…いや、久しぶりに緋真と話すからな。お前が食べる間、ここに居座ってもいいか?」
申し訳ない気持ちとなんとも言えねぇ気持ちが混じった顔だと思う。けど緋真は、数秒ほど素頓狂な顔をしたかと思えば、またふわりと笑ってくれた。
「構いませんよ。むしろ、あたしの話し相手になって欲しいくらいです」
「…わりぃな」
「いえいえ。あたしのほうこそ、ありがとうございます」
そう言って部屋に俺を招き入れる緋真。部屋は当たり前だが何もなく、すこしだが寂しいようにも思えた。
緋真は作法が綺麗で静かに座り、いただきますと挨拶をしてから飯を食い始めた。その様子を眺めながら、俺はいつ言おうかと機会を伺う。
「原田さんは、今日の午後はお仕事ないのですか?」
「おう。午後は非番でな。それもあってから、土方さんに頼まれたんだわ」
「せっかくの非番に…申し訳ない事しちゃったな…」
「構わねぇよ。俺も、緋真としばらく話してなかったから万々歳ってな」
「口がお上手で」
本心なんだが緋真からにしたら冗談だと思われたみてぇだった。いやいや、本当の事しか言わねぇよ、と言いたいが、その後呟いた緋真の言葉につい反応した。
「ふふ、今日の味付けは美味しいですね」
「!」
味噌汁を一口啜り、満足げに言う緋真。過剰な反応をしたと思う俺に緋真は気付かず、米を食う。
「今日の昼飯は、みんなすっげぇ美味いって言ってたぜ」
「そうなんですか?」
「おうよ。総司も普段食わねぇのに、今日は完食したくれぇだしな」
「わあ、それは成長しましたね」
「成長って…。あ、でもよ、なんでか苦味が…」
「どれにありましたか?」
「…は?」
ほのぼのとした空気が一変、ピンと糸が張ったようなものになった。
下へ向けてた視線が緋真へ向く。と、同時にピタリと固まる自分の体。緋真は箸を置いて、渡された配膳に射殺すような目を向けていた。
「苦味?どこにあったのかな。味付けもみんなが好きそうなのにしたし、あ、でも薄味が好きな人もいるって言ったからそれは別にして…。副菜かな、それとも根菜?何の苦味があったのかな…」
じっと見る緋真の顔は至極真剣で、思わずあほ面になる。
けど、やっぱり今日のは緋真が作ったんだと分かるとそれが笑いに変わった。
「悪ぃ悪ぃ…くっ…」
「…え?」
「お前、なかなか口を割らなさそうにないからな、カマかけたんだよ」
「…っ?!」
カッと緋真の顔が熟れた林檎のように赤くなった。それを見てまた笑いが出た。おしとやかな佇まいから一変、少々お転婆な雰囲気の緋真が、本来の彼女ではないのかと思った。
「だ、騙したんですか…!」
「だって緋真、知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりだったからよ。苦味は嘘だぜ」
すっげー美味かった、とつけ加えて言やぁ、緋真はなんとも言えない表情を作る。嬉しいようなカマかけられて怒ればいいのか、恥ずかしさと混ざるその表情を見て、なんだか俺は安心した。
緋真は箸にふたたび取ろうとせず、膝の上に置いて頭を垂れた。どうしたのかと思ったが、流石にからかいすぎて泣いてしまったのかと慌てかけた時、蚊みてぇに小さな声が耳に届いた。
「…ほ、んとうに…美味しかった…ですか…?」
それが緋真が聞きたかった事だと思った。
(原田side終)
原田さんにカマかけられたことに怒りたくなったけど、それよりも本当に美味しかったのかどうか気になった。先の世界よりも勝手が違う。苦戦する事もあった。奴良組の勝手場は昔使用のところもあったから出来たけど、それでも、不安だった。
原田さんは女性にすごく優しい人だというのはもう分かっていた。ここに預かる扱いになったあたしを、色々と助けてくれた。部屋から極力出ないあたしの話し相手になったりしてくれたり、入浴時間を幹部や隊士達とずらすようにしてくれて、何かあってもすぐに対応できるように傍に居てくれた。
だから、少し信じれなかった。彼は信用できる人なのは分かるけれど、女性を喜ばせる言葉を知ってるのだ。ただ糠喜びさせるための言葉ではないのかと、疑ってしまったのだ。
原田さんと目を合わせるのが怖くて、俯かせるあたし。静かになった部屋がやけに居心地悪く感じた。
フッ、と笑ったのが分かった。
「すっげぇ美味かった。これからも、お前の飯が食いたいくれぇにな」
むしろ、お前の飯しか食えなくなりそうだ。
その言葉に原田さんを見たくて顔を上げれば、息を呑んだ。
「っ…」
なんて顔をしてるのだろうか。
優しい眼差し、その瞳の奥に秘めた愛おしさが見え隠れしていた。
今までそんな眼差しを向けられたことがない。
「原田、さ…」
「左之助だ」
俺のことも下の名前で読んでくれよ。
そんな溶けそうな声で言われたら、断ることも出来ない。喉が震えて声が出なくて、コクリと頷くことしか出来なかった。
満足したのか、原田さんはあたしの頭を撫でた。その後、食事を再開したけれど、味なんて覚えてなんかいなかった。
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