▼ 前口上にすぎない
あたしに心配して怒鳴った方は原田左之助さんと名乗ってくれた。ようやく彼の名前を呼ぶことが出来る、と思って安堵したらそれを見ていた彼らが不満そうにあたし達に歩み寄ってきた。
「左之さんだけずりぃ!!」
「なに勝手に女の子と仲良くなってんだ左之!」
「どわッ!」
「わ…」
原田さんに圧し掛かるようにしてやって来たのはあたしより少し下くらいの少年と、豪快そうな男性。驚き口元を抑えたあたしに、さっきまで疑惑の念を抱いていた視線とは全く違う、優しい親切さを魅せる瞳を向けてきた。そして垣間見える好奇心。
それにしても原田さん、大丈夫かな…。
「俺、藤堂平助!平助でいいから!!」
「俺は永倉新八だ!よろしくな!」
「…奴良緋真といいます。よろしくお願い致します」
「堅苦しいな!俺の事は新八って呼べよ!」
「俺も俺も!!」
さっきまでとは手のひら返したような態度にあたしは目が点になる。燈影から話を聞いた時にも思ったけど、珱姫もこんな感じで奴良組の小妖怪達に迫られたのだろうか。
「…はい、分かりました。新八さんと、平助さんですね」
「その敬語もいらねぇよ!!なぁ、緋真は歳いくつだ?」
「えっと、18です。数え年だと、19」
「俺と一つ違いじゃん!それなら、余計に敬語なんていらないって!」
「…ふふ、うん、ありがとう。それじゃあ、敬語は無くすね」
「おう!」
あたしと目を合わせニッカリと太陽のように笑みを浮かべた藤堂さん、もという平助くんにつられて笑う。永倉さんの事も新八さんと呼ぶようにする、と口を開けた時だった。
「っ…てめぇら…」
「あ」
「やべ」
「いつまで、俺の頭の上で話をしてやがんだ!」
堪忍袋の緒が切れた原田さんが二人を自分の上からどかした。その勢いがかなり強かったのか、二人はどわぁ、という声と共にひっくり返った。原田さんは自分の上にあった重たいのが消えて楽になったのか、ふぅ、と息を吐いて肩を回していた。目の前で起きた一瞬の出来事にあたしは身体を逸らして驚き茫然としてしまう。
「いってーな!何すんだよ左之さん!!」
「お前らが俺の上に乗っかるからだろうが!重たい野郎のからだをいつまでも乗せるわけねぇだろう」
「加減をしろって話だよ、馬鹿!」
「誰が馬鹿だぁ?それは新八、お前のことじゃねぇか!」
「んだと!?」
「ぁ、あの…!?」
軽い口喧嘩だったはずなのに、彼らは今すぐにでも乱闘を起こしそうな様子になってしまった。待って、そんな簡単に喧嘩腰にならなくてもいいんじゃないんですか?!
止めるべきなのだろうか、いや止めるべきだよね。確か新選組って御法度がかなり厳しかったはずだ。
切腹ものだったらどうしよう…!
「そんな顔しなくてもいいよ」
「!…え…」
「あいつ等はいつもの事だからな。アンタが気にする必要はない」
「…あなたがた、は…」
いつの間に横に来ていたのか、彼らは原田さんたちのやり取りを見ても特に気にもせずあたしにそう言った。
気配消して近付かないで欲しいんだけどな…。
「僕は沖田総司。少しでも変な事してみなよ、僕が殺してあげるから」
「総司、そう脅すな。また副長たちに言われるぞ。…俺は斎藤一だ。あまり納得はしていないが、局長達が決めた事だ。アンタを保護する」
「…奴良緋真と申します」
そう言って、あたしは二人にきちんと身体を向けて言った。
「怪しいと思ったら、躊躇なしに斬ってください」
その言葉に二人は瞠目した。まさか、そんな言葉が来るとは思わなかったのだろう。二人して同じような顔をしていて、あたしはつい笑ってしまった。
「…君、死にたい願望でもあるの?」
「いえ。記憶を失ったとあっても、あたしにはあたしの、帰るべき場所があると思います。帰るべき場所に帰るまで、死ぬつもりはありません。けれど、貴方達の領域に入ってしまった事には申し訳なく思っております。異分子なのに、局長様達は疑うことをあまりせずに、私を置いてくださった。…貴方達のような方がいるなら、安心です」
沖田さんの言葉に否定し、そう言えば、何か思ったのだろうかそれ以上聞く事もしないで「変な子」と言うのだった。本人の前で言うのかお前は。斎藤さんを見れば、彼もまだ悩んでいる様子。
悩まなくても、彼らがあたしを信じようとしているぶん貴方が疑ったらいいというのに。
“私”は学校で中世近世の歴史専攻をとっていたから彼らの事はゲームと史実、どちらも知っているし覚えている。何かしてしまうかもしれない時、怪しい動きと判断してあたしを斬る存在は必要だ。
壬生浪士組からそう経って間もない組織だからか、まだまだ組織として成り立っていない。
「(少しずつだけど彼らの力になれば…)」
そこで、自分の思っている事に驚いた。彼らの力って、何を言っているのだろうか。
あたしは本来此処に居るべき存在ではない。彼らと会って数刻しか経っていないというのに、ここまで思ってしまったのは…。
「(行く末を知っているからこその、同情なのか…)」
なんて、彼らに失礼だ。
馬鹿だなと小さく笑い、あたしは未だに騒いでいる原田さん達を特に何も思っていない様子で見る沖田さん達を見る。
「(…お世話になります)」
いつリクオ達のもとに戻るか分からない自分。それまでは、自分を生かして、さらに衣食住を与えてくださった彼らの支えになればいい。
それはまだ、物語の始まっていない頃の出来事だった。
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