影と日の恋綴り | ナノ
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 事の始まり

静かな室内は一つの物音もしない。静かに目を閉じ、耳だけを頼りに、外の様子を伺った。
鳥の囀り、風で揺れる木々の音。
その中に僅かに聞こえた擦れる布の音。
来た。
近づく複数の気配を感じながら、あたしは静かに動いた。

「近藤勇だ。入ってもいいかね?」
「はい、どうぞ」

許可を出し、近藤さんは失礼する、と言って部屋へ入る障子を開けた。そしてその光景に目を丸くしたのが分かった。

「!?」
「お、おいお前!なんで頭を下げてんだ!!」

土方さんの驚きの声が部屋に響き渡った。それもそうだよね。部屋へ入れば、あたしが頭を下げていたのだから。傍から見れば何事かと思うのだろう。近藤さんも、もう一人の方も驚いているのは気が揺れている事で分かった。

「す、すまない、頭を上げてくれまいか?女子にそのようなことをされては困る…」
「頭をあげてください。貴女に危害を加えるような事は致しません」
「…」

その言葉に偽りがないと思ったあたしは、頭を上げる前に口を開けた。

「先程は取り乱してしまい申し訳ありません。また、こちらに足を運ばせてしまった事、重ねてお詫び申し上げます」

謝罪を述べれば、近藤さんは気にしていない。と強く言う。優しいのは書物の記していた通りだな、と思いながらも礼を言ってゆっくりと頭を上げた。
さっきまでのあたしではない事を知ってもらおう。
凛とした姿勢を保ち、スゥ、と目を開ける。先ほどのあたしとは違っている様子に、彼らは息を呑んだ。真っ直ぐ近藤さんに目を向けて、あたしは口を開けた。

「私は奴良緋真。関東任侠妖怪総元締奴良組にな属する者です」
「かん、とう…」
「任侠妖怪…」
「奴良組、と…?」

その言葉にイマイチ理解できていないのが分かった。それもそうだよね、関東なんて言葉がまず無いもの。それに、任侠妖怪って言われても、そんなオカルト染みたお話を信じれるはずがない。
でも、頭ごなしに否定せずにあたしの話を聞いて欲しい。

「まずは私のお話を聞いて頂きたい。それから質問も処罰も受けます。…よろしいでしょうか」

真っ直ぐ近藤さんを見て言えば、よく分かっていないような表情をしているものの、すぐに真剣な眼をあたしに向けて聞こう、と言ってくれた。それに礼を言って、あたしは事の始まりを彼らに話したのだった。

「私は魑魅魍魎の主であるぬらりひょんの孫にあたる者。弟、三代目総大将の補佐として務めておりました。しかし、先日のこと、奴良組本拠である屋敷に何者かから襲撃を受けました」
「襲撃だと…?」
「はい。夜更けの出来事です。就寝していた私は屋敷の騒がしさに目を覚めました。刀の交わる音も聞こえ、気になり屋敷の面へ向かえば、奴良組の部下達がとある者達と闘っておりました。気配は人間、されど、何か別のものも混じったもので、見目は白き髪に紅き眼でした」
「!?」
「!!」
「それは…」

眼鏡を掛けた方が何か言おうとしたけれど、それよりも先にあたしが遮らせた。

「質問は後ほど伺い致します。…その者達は斬ってもすぐに傷が癒え、痛みを全く感じておりませんでした。私も闘おうと思いましたが、三代目の命で母を守るように言われ、屋敷内へ。しかし、すでにその者達が屋敷へ侵入していたようで、戦わざるを得ないものに。気配は一体のみで、…命を奪ってしまいましたが、母の安否が心配であった私はふたたび奥を目指そうとしました」

けど。

「緋真!!」

思い出すあの声。

「…けれど、誰かに呼ばれたのです。弟や父でもない誰かに呼ばれ、思わずそちらに目を向けた時…」

≪緋真、後ろッ≫

「隠れていたその者に気付かず、私は腹部を刺され、そのまま意識を無くしました。その後、目を覚ませば知らぬ部屋。刺されたはずの腹部の傷はなく、私はここにいました」
「っ…」
「私の話は以上となります。嘘偽りなきものですが、信じる信じないは殿方にお任せ致します」
「っ…」

息を呑む三人。有り得ない話かと思っていたけど、思い当たる要素があって、すぐさま否定出来ないのは目に見えて分かった。彼らのペースに持っていくことを阻止できたから、私はまだ冷静でいられた。
小さく息を吐き、近藤さん達に質問を聞こうとした。けれど、ふと、自分の事で気になった事が瞬時に頭の中に浮かび、それを聞きたくなった。

「先に質問させて申し訳ないのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ…」

戸惑いながら近藤さんは了承してくれた。それに礼を述べ、訊ねた。

「あの、私はどこに倒れておりましたか?」

そう、あたしがこの世界に来た時の事を聞きたかったのだ。あたしが目を覚ました時すでに三日も経っていたと近藤さん達は言っていた。知らない世界で寝ていたとなれば、もちろん此処へ来た時に事も覚えてないし知らない。彼らが京内を巡察した時に拾ったのだろうか。いや、それだともし店先に倒れていたら、その店の人が助けるなりしてくれるはず。わざわざ放置して新選組が預かるようなことしたら、何かあると怪しまれるはずだから。自分の質問に答えてくれたのは眼鏡の方だった。

「…貴方は屯所の前に倒れておりました」
「屯所、に…?」
「ええ。しかも、べっとりと血で着物を染めた姿で」
「!」

その言葉に目を見開いた。血とはもちろん自分の血であろう。紛い物を倒した時、自分に血がつかないように注意したのだから。着物を血で染めたとなれば、帰り血だとしても難しい。けど、驚くのはそれだけじゃない。
着物といえば、あたしが困ることになる。

「(今のあたしの格好は寝衣。妖怪化する前の姿。着物は、あたしの、もう一人あたしの姿…)」

そう、つまりは。

「貴方が妖の類であることを認めざるを得ませんね」

この人たちはあたしが妖怪の姿から人間に戻る瞬間を見たと言うことになる。
眼鏡の方の言葉に息を呑むのはあたしの番だった。

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