影と日の恋綴り | ナノ
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 覚悟を決める

それから部屋へと戻されたあたし。井上さんは念のためにと白湯を持ってくると言われて来た道を戻っていった。それを見送って、あたしは障子を閉めて。

「っ…!!」

膝から崩れ落ちた。

「なんで、よ…!」

この世界はあたしが住んでいる世界じゃない、別の世界。自分が今どこに居るのか、今ならはっきりと分かる。そして、あたしが【ぬらりひょんの孫の世界】から【薄桜鬼の世界】に飛ばされた、否、トリップしたという事も。
原因もとい、あたしがトリップしたきっかけはあの襲撃で間違いないはず。あんな妖怪じみた人間を【ぬら孫】で知るはずないのだから。逆に、あれはこの世界で人によって生まれた紛い物。この世界のみの存在。
それが、なんらかの原因であたし達の世界にも現れた。
安倍清明の脅威が過ぎ去って早五年、皆が平和で幸せな日々を送っていたというのに、こんなのってないじゃない。

「どうしたら…いいのよ…」

井上さんに白湯を持って来させたて様子を見てからまたあの人達はあたしの元に来るだろう。事情を説明しろ、と開口一番に言われるはず。なにが起きたのか事細かに、だ。そうなれば、あの紛い物の事も必然的に言わなければならないのだろう。でも、あれは彼らにとって機密事項だ。話せばきっとあたしを殺そうとする。それなら誤魔化すべきかと考えるけど、いつまで嘘が通るか分からない。常に気を張っておくなんて、あたしの身体がもたない。

「…せめて、夜が良かったな…」

そうしたら、妖怪の姿になって此処から逃げる事が出来たというのに。此処から逃げれたとしても、行くあてなんてないんだけど、でも問答無用で殺されるよりかはマシに思えた。
小さくため息を溢して、顔を上げる。そして、さっきまであたしが寝ていた布団の枕元。何かが置いているのに気付いて、そちらに目を向ければ…。

「ぁ…!」

自分の大事な刀が鎮座していた。
それは、お父さんから譲り受けた自分の命よりも大事なもの。目を向けた瞬間、身体は勝手に動いていた。誰もいないというのに、誰にも大事な刀を奪われないように刀を抱きしめて守った。冷たいはずの刀が、温かく感じた。

「…っ…」

否定したくてたまらないのに出来なくなった。
本当に自分が世界から世界へ飛んでしまったと思わざるを得ないものとなった。

「鯉伴…様…リクオ…」

どうしたらいいのか分からない。知り合いもいない、京妖怪の妖気も感じない、そんな世界に独りになってしまった。リクオ達のいる世界に戻れるなら戻りたい。しかし、もし戻れたとしても、あたしはあのままの状態の、重傷を負っているままなのかもしれない。意識が戻ったとしても、すぐに皆と別れるなんて、二度もしたくない。皆の、鯉伴様やリクオの悲しい顔なんて見たくない。
じわり、と涙が浮かぶ。頼れる人もいない。自分の力だけでどうにかしなくちゃいけない。その前に、彼らに殺されるかもしれないという恐怖。八方塞がりとなってしまった自分に、一筋、頬を伝った。
その時、障子の向こうに誰かの気配を感じた。

「だれ…?」

思わず声を掛けてしまった。あたしの声が届いたのか、その気配の人物は一瞬動きを止めたかと思えば、そっと障子を開けたのだった。

「…なんだ、気付いちまったのか…」
「貴方は…」

申し訳なさそうな表情を浮かべて、障子を半分まで開けてあたしの様子を伺ってきたのは、あたしを二度怒鳴った人だった。障子に置かれた反対の手には、おぼんが。井上さんが言ってた、白湯を持ってきてくださったのだろうか。
名前は知っている。知らないはずがなかった。でも、今その名を口にすれば怪しまれるために、そっと口を閉じた。その人は「白湯だ、これで少しは落ち着かせろ」と言って部屋へ入ってきた。けど、あたしの顔を見て彼は眉間に皺を寄せた。
その表情に既視感を覚え、また怒られるのではないかと思い身体が硬直した。

「お前、泣いてたのか」
「え…?」

そう言われ頬に手を添えれば、濡れる指先。泣いてしまった事に気付かなくて、慌てて泣き止もうとするけれど、止まらない。

「…泣くんじゃねぇ」
「っ…」
「女の涙ほど、嫌いなもんはねぇよ」

そう言って彼はあたしに近寄って、指の腹で涙を拭った。乱暴な言い方とは裏腹に、その手つきはとても優しかった。
怪しい人間なのに、そうして身を案じてくれる彼の優しさにまた泣きそうになった。けど、それをぐっと堪えて、腕に抱く刀に力を込めて誤魔化した。カタ、と刀が鳴ったのが聞こえて、冷静になる。
そうだ。あたしは一人かもしれない。独りだ。
でも、この子がいる。
泣いたって意味が無い。

「…あの…」
「ん?」

静かに声を出したあたしの言葉を拾ってくれた彼をじっと見た。
優しい眼差しでこちらをみていた。

「近藤局長様を、呼んでいただけないでしょうか…?」

逃げない。怪しまれようが、絶対に逃げない。もし殺されるならば、精一杯抵抗しよう。刀を取り上げられたなら、自分から命を絶とう。
誰にもあたしを殺させない。
戻ったあとなんて分からない。でも、あたしの居場所はあの世界なのだから。

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