影と日の恋綴り | ナノ
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 知る世界

三日も寝ていたという事実を知り驚き青ざめてしまったけれど、体調を聞くためにあたしを此処に呼んだんじゃないっていうのは分かっている。引き締めるように、咳払いを一つして、彼らの長である近藤さんという人はあたしを見て優しい笑みを浮かべて言った。

「目が覚めてすぐに申し訳ない。俺は新選組局長近藤勇だ!」

その言葉に思考が一度停止した。

「…近藤、勇…?」
「ん?うん、いかにも!」
「しんせん、ぐみ…」
「ああ!此処は新選組屯所だ!」

嘘でしょ。
手を口に当てたかったけど寸でで止めた。指先がピクリと動いたけれどなんとか堪えた。
近藤さんの言葉を信じたくない気持ちでいっぱいだった。だって、そんな事が起きるはずがないもの。
上げていた顔が自然と下へ下がっていく。自分の殻にこもりたくなるくらいに、あたしは今、自分の現状を理解していない。

「…なぁ、アイツ大丈夫か…?」
「……」
「起きたら屯所って、そりゃ誰もがびっくりするってか…?」

心配してくれる声が聞こえた。一人の声がまた聞き覚えのあるものだった。
びっくりしている内容はそんなんじゃないけど、否定したらややこしいことになるのは目に見えているから黙っておく。しかし、ずっと黙っていたままだと余計に怪しまれるのも事実で、落ちていた頭を上げる。少しだけだが周りを見えるようになったあたしの視界の端に捉えた人物にまた目を丸くした。

「…?なんだ?」
「ぃ、え…」

眉間に皺が寄ったその形相に恐れ、慌てて視線を逸らした。あたしが彼の容姿を見て疑うのは無理もなかった。
黒紫の綺麗な髪の毛を高い位置で結い、聡明さを伺える切れ長な瞳。
その人物を“私”は知っていた。

「(どこからどうみても…乙女ゲームで有名な土方さんじゃん…)」

美形な土方さんは、“私”の世界で日本の若い女性が一度は惚れたその人物本人。
ちなみにあたしも惚れかけました。
って、そうじゃない。でも、あの人は間違いなくあの有名な土方歳三さん。ボイスもみんな大好き三木さん。なんで彼がこんなところに、とか疑問が浮く前に答えはすぐに出た。
あの日、奴良組を襲撃してきた人間が脳裏に浮かぶ。人間なはずなのに、妖気が微弱ながらも混じっていた狂気的染みていた人達。あんな人間、あの世界には存在していない。存在するはずがない。あの時は気が動転していたけれど、思い出せば分かるあの者達の容姿。
白い髪に、紅い眼。

「(うそ…じゃあ、あたしは…)」

別世界にトリップしたっていうの…?
近藤さんが気を取り直して何かを話しているけれど、全く耳に入らない。それよりも、自分が置かれた世界にただただ受け入れることが出来なかった。

「(う、そ…もし、もしそうだったら…あたし、あの時あたし、は…)」

さっきは堪えたけれど、もう周りの視線なんて気にしていられなかった。口元に手を当てて、叫びたい気持ちを抑える。掌があまりにも冷たすぎた。
あの時の自分の容態を思い出して、そして今の自分を見て、浮かんでくる推測。

「(あた、し…もう、あっちに…)」
「なぁ、おい。お前、大丈夫か?」
「ッ!!」

誰かに肩に手を置かれた事に気付かなくて、勢いよくその手を振り払ってしまった。カタカタと手が震えているのに気付いて、自分の世界に入り過ぎていた事も分かって、慌てて自分の傍に近よった人を見た。その人はさっき、あたしに怒鳴った赤がかった茶髪の男性。
バチッ、と彼と目が合ったら、あたしが手を払いのけた事に驚いていた目がさらに丸くなった。

「おいお前…顔真っ青じゃねぇか…!」
「っ…大丈夫、です…!」
「どこが大丈夫だよ!」

この人が親切だっていうのはすでに知っている。だから、きっとまた部屋で寝かせようとするのも分かって居る。でも、そんなのは今、どうだっていい。

「大丈夫ですので、話を続けてください」
「どう見ても大丈夫じゃねぇだろ!近藤さん、いったんコイツを寝かせるべきだ!」
「っ、大丈夫ですから!お願い、放っておいて…!」
「顔が真っ青通り越して真っ白な奴の言葉なんざ信じれるか!!」

必死な形相の彼の鬼気迫る何かに驚き、押されたのか、近藤さんはそうだな、と否定をしなかった。さらに、井上さんを呼んでくれ、と傍に居た幹部の一人に言う始末だった。

「大丈夫だから、お願い、話を…!」
「そう焦らなくてもいい。今は、君の体調がよくなることが先決だ」
「っ…!」
「落ち着いたら、また話そう」

裏の無い笑顔でそう言われた。いつもならその優しい笑顔につられるように笑ったりするかもしれないけど、そんな場合じゃない。
あたしは自分の現状が理解していないからまずそっちが知りたいのに…!
呼ばれた井上さんという方がやって来て、無理やりに近いやり方であたしはその場から退出を余儀なくされた。廊下に出され、井上さんが案内するから着いてきなさい、と言われれば、戻るに戻れないようになった。高まった感情を深呼吸一つでなんとか落ち着かせ、井上さんの後ろをついて行った。とりあえず、まずは自分の中で整理してから、また彼らと話をつけよう。
それが一番の最善だと思うから。

「彼を責めないでやってくれるかい?」
「?…彼、とは…?」
「君をもう一度部屋に戻らせるように言った子さ。彼は君の事を思って言ったんだからね」
「…自分達にとっては、怪しい人物なのにおかしな人ですね」

言葉通りだと思う。別にあたしは怪しい人でもなんでもないけれど、今の現状、彼らにとっては怪しい人。それなのに、話をする前にあたしを退出させるなんて、組織としてそれは如何なものなのだろうか。
あたしの言葉に否定も肯定もできない井上さんは笑って誤魔化しただけだった。

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