影と日の恋綴り | ナノ
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 空白の三日間

赤みがかかった茶髪の男性に布団に入っていろ、と言われてから数十分も経たないうちに誰かが部屋にやって来たのがわかった。
さっきの男性じゃない。
あの人はあたしに警戒する事すらも忘れて、あたしの安否だけ心配してくださったような人。あたしの元へ今近付いている人は、警戒を怠らず、むしろ微かに殺気を向けているほどだ。察知能力がそれなりに高いからすぐに分かった。その気配だけを頼りに、横にしていた身体を起こして障子に目を向ける。
たぶん入るとか言わずに遠慮なく入りそうだな。
そう思った通り、その人は何も言わずに障子を開けたのだった。

「なんだ、起きてたんだ」
「…貴方、は…?」

人影があったから気付いたと思ったのか、彼は飄々とした様子であたしに歩み寄った。さっきの男性とは違って、茶髪に髪を半分結って上げている彼。内番服なのか、ゆったりとした着物。けれど、その腰には刀が差さっていた。戸惑うあたしに彼は視線を合わせるようにしゃがみ、まじまじと見る。
そ、そんなに見ないで欲しいんだけど…。
若かりし爺ややお父さん、リクオに負けないくらいの美形な彼。さっきの人もだけど、顔面偏差値が高いように思う。
目を合わせないようにしていたけど、そっと彼に目を向ければ、目が合う。
あ、駄目だ、イケメンずるい。

「あの…」
「あ、そうだった。君が起きたって左之さんから教えてもらってね。君を連れてくるように言われてたんだ」
「はぁ…」
「拒否権なんてないし、ほら、行くよ」

反論は許さない、と言わんばかりの彼の態度がなんだか竜二さんみたいだ。それに、彼の声は誰か別の人と似ている気もした。それが誰かは分からないけど。
彼にそばに置いてあった羽織を渡され、それを肩に掛ける。寝衣だけだと恥ずかしいから有り難い。戸惑いながらも礼を言い、彼の後をついて行く。

「あ、そうだ」
「?」

部屋から出て何かを思い出したのか、足を止める彼。それにつられあたしの足も止め、どうしたのかと彼を見る。彼はこちらに顔を向けて、ねぇ、君とあたしに声を掛けた。

「…はい」
「体調はどう?」
「少し、眩暈がしました。…それ以外は、特に…」
「あ、そう」

聞いたのはアンタなのに反応はそれだけかよ。
思わず素の口調になったけど、顔には出さず堪えた。人を馬鹿にするような態度は、まるで竜二さんのようだ。さっきも言ったけど、この人竜二さんみたいにドS系の人間だ。だって竜二さん嘘つきだし、常に人をおちょくっている。
良いところはもちろん知ってるけど、なんでそんな人を好きなったの神無ってば。
今はいないあたしの側近の事を思い出しつつ、あたしは男性の後を追った。

「…」

きっと今から向かわされる場所は、ここの幹部的存在が集まる場所だろう。

「(…何を聞かれても、動揺しないようにしよう…)」

自分の素性も、何があったのかも。
此処がどこなのか分からない以上、あたしは独りなのだから。



彼に案内された場所は、少数人の気配がしていた。やっぱり、今から会うのはこの組織の幹部なのだろう。こうやって案内している彼は全くというほど隙を作らなかったし。いや、隙を作ったとしてもあたしがどうこうできるはずないけどさ…。

「みんなお待たせ。連れてきましたよ、近藤さん」

そう言いながら中に入る彼。それに続いてあたしも中に入らされた。
近藤さん…それがこの組織の中で一番偉い方なのだろう。リクオと同じ総大将、という事かな。
あまり堅苦しくない方だといいと思うけど、近藤という名前をどこかで聞いた事があるような気がしてならない。というか、さっきの赤みがかかった茶髪の男性も、案内してくれた彼も、どこかで、本当に見覚えのある顔なんだけどなぁ。

「(なんだったかな…)」

三度も転生したから記憶がごちゃごちゃしているのかもしれないから、あたしの気のせいかもしれないけれど。
そんなことを思いつつ、部屋へ一歩踏み入れて瞠目した。

「(イケメン揃いじゃないですか…)」

奴良組に負けず劣らずの美形集団に思わず息を呑む。それに、自分に注がれる視線に思わず恐れてしまった。肩がビクリと揺らしたけれど、一瞬だ。気付いた人間はそんなにいないだろう。居たたまれない気持ちが大きくて、何処に行けばいいかもわからない。

「っ…」

負けちゃだめだと、分かっているけれど。

「(あの時、お父さんたちに問い詰められた時と同じ空気…)」

呼吸が難しくて、息が詰まりそうな空間だった。
逃げそうになった自分の足を叱咤し、一歩、また一歩と中へ、自分が座るべきであろう彼らの中心へと歩を進めた。此処に座ったらいいのだろう、と思うところへ立って、前を向いた。

「…ぁ…」

上座に座りあたしを見る人物。優しい眼差しで、裏の無い笑みを浮かべるその人を、“私”は知っている気がした。
あたしと目が合ったその人は、目尻に皺を作って笑った。

「まぁ、まずは座ってもらおう。身体の方は如何かね?」
「…ぇ、あ、し、失礼します…。えっと、体調のほうは、問題はないです」
「そうかそうか。君は三日も寝ていたからな、心配していたんだ」

その言葉にハタ、と身体を止めた。ギギギ、と錆びかけたブリキのように顔を上げてその人を見た。

「あ、の…あたし、三日も寝ていたのですか…?」
「?ああ、そうだ」

嘘など言っていないのは分かった。まずこの人が嘘を吐くような人じゃないって事が分かっているから。
じゃあ本当に?あ、そういえば、あたしと偶然会ったあの人も三日も寝ていたとか言ってた気がする。
え、本当に?
冷静になろうとしていたのに、思いもよらない言葉に動揺し困惑する自分。それが震えと出て、また体調を悪くしたのかと思ったこの組織の総大将様は心配そうにあたしを見ていた。

「大丈夫か?まだ具合が…」
「い、え…。大丈夫です、すみません。三日も寝ていたなんて知らなかったので…」
「そ、そうか…」

言葉を遮ってしまった事に申し訳ないと思うけど、それよりも自分の身に何が起きているのかがさっぱり分からなくて、頭が痛いくらいだった。
ねぇ、あたしは今、どこに居るの?

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