影と日の恋綴り | ナノ
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 始まる物語

安倍清明との長い長い闘いを終えたあたし達。リクオは重傷を負って、しばらくの間、富士山の麓のとある場所で療養されることになった。安倍清明のために集結した日本各地の妖怪が自分達の住み処へ戻った。
これは、日本中にリクオの、奴良組の名が広がって、奴良組の繁栄期となりつつあった時に起きたお話。



「…?」

やけに外が騒がしかった。
夜更けにどんちゃん騒ぎするような奴良組じゃないのは知っている。なのに、やけに騒々しい。それだけじゃない。

「(血の、匂い…)」

そして聞こえる、刀が交わる音。
どういう事?

「っ」

居てもたってもいられず、寝間着だというのにあたしは部屋を出た。聞こえる喧騒は屋敷の表、中庭のほうだった。
安倍清明との戦いは終わったのに。平和をまた取り戻せたと思ったのに。
新たな敵勢力?

「リクオ、お父さんッ!!」
「!?」
「っ、緋真!?」
「…え?」

刀を手にし、中庭へと向かい目を見開いた。

「血ィ…血だァ…!」
「ひゃは、ひゃははは…!!」

そこには血に飢え、刀を無闇矢鱈に振り回す人間達。
なに、これ…?どういうこと…?
驚き思わず後ろへ後ずさったあたしに、お父さんたちが自分達に刀を振り下ろした人間に怪我を負わせてあたしのもとへ駆け寄ってきた。

「緋真、なんで此処に居る!?部屋に戻ってろ!」
「だ、て…!ねぇ、これ、なに?人、だよね…?」

なにが起きたのか分からない。目の前に広がる光景に動揺しているあたしを落ち着かせるようにお父さんが言った。

「あいつ等は俺達がなんとかする。お前は若菜を護れ」
「でもっ」
「なぁに、心配すんな。アイツ等なんざ、すぐに終わらせるさ」
「鯉伴の言う通りだ、緋真。…お前は戻っていろ」
「ひえ…」

二人の言葉に落ち着きを取り戻し、もう一度彼らを見る。リクオや首無が戦っているのは、白髪に赤目の人間達。人間の、はずなの。気配は人だ、でも、それに混じっている微かな妖気。

「緋真姉さん!母さんを頼んだ!!」
「リクオ…」
「ほら、行くんだ緋真」
「っ…うんっ」

リクオに頼まれ、お父さんに背中を押され、あたしは来た道を戻る。父さんたちが足止めしているのか、家内には入っていない。お母さんはお父さんと一緒にいつも寝てるから、奥の間にいるのだろう。それまでに屋敷に住む奴良組の妖怪たちがいるし、お母さんは大丈夫。

「あたしの役目は、お母さんを守る事…!」

目を閉じ力を入れれば、変わる容姿。

「…力、貸して」
≪馬鹿ね、当たり前じゃない≫

妖怪の姿となって、お母さんのもとへ急いだ。
はずだった。

「ッ!?」
「ヒャハハァ!!血ィ、血だぁぁ!!」
「なん、で…!?っ、オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ!!」

正面玄関を突き抜けようとした時にあたしの前に立ちはだかったのはリクオ達が戦っていた人間だった。わたしに向かって振り下ろされた刀を見て身体が膠着した。咄嗟に反応できなかったけど、急いで真言を唱えて結界を作った。衝撃が自分に返ってきたのか吹き飛ばされる人間。

「血に…吸血…?」

どういうわけか分からないけれど、ここで放置するわけにはいかない。

「お前は私が斬るッ」

腰に置いていた刀を手にし、構える。人間はゆっくりと起き上がり、真っ直ぐ私に向かってきた。
本当だったら、傷つかせたくない。でも、さっき見た時も、こいつらは急所を与えない限り動き続けるようだった。超高速再生の能力でもあるのか、治癒も早い。
ならば、急所しか狙えない。

「…ごめんなさい」

一言謝り、敵の一閃を躱して、心の臓目掛けて一突き。ピチャ、と頬に飛び散る生温いそれ。決して目を逸らさずに、人間であった彼が事切れるまで見届ける。
微動だにしない身体を見て、ゆっくりと刀を抜いた。

「安らかになるように…そして、出来れば、殺したあたしを許さないで…」

そっと目を閉じ、願った。
瞬間だった。

「緋真!!」
「え、」

聞き慣れない声で名前を呼ばれた。
その声を頼りに振り返り見たら、あたしのもとへ走ってくる一人の男性。
お父さんでも、リクオでも、燈影でもない。
見慣れない恰好はどこかで見たようなものだった。けれど、それが何かなのかは分からない。夜で、遠目で、はっきりと姿が見えず、どんな容姿かも分からない。

「あなたは…」

だれ?
自分を呼ぶ彼に気を取られてあたしは気付かなかった。
もう一人の人間であるはずの存在が、潜んでいた事を。そして、隙を狙い、あたし目掛けて刀を振り下ろしていたことを。
気付いた時には遅かった。

≪緋真、後ろッ≫
「っ…!」

もう一人のあたしが声を掛けたけれど駄目だった。鈍い痛みが身体中を走った。後ろから聞こえる笑い声。荒い息。
嗚呼、嫌だな…。
ゆっくりと自分の身体に目を向けた。腹部に突き刺さったそれが見えたと同時に、あたしの視界は真っ暗になった。



風一つないはずなのに、庭の枝垂桜の花びらが待った。

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