▼ 対面
いつの間にそこまで上がって来ていたのか分からないけれど、単刀直入で向かうなんて何をしているのかと声を上げたくなった。容赦のない攻撃をした羽衣狐にも思うところはあったけど、それでも、ただ目を丸くした。
けれど、すぐに敵も味方も同じ表情をするのだった。
「走れ 狂言」
『!!』
静かで低い声での言霊。瞬間、秋房さんの四肢は飛び散った。否、本来の姿へと変わった。
「水…?!」
「あ、おい、あれ!!」
「!」
水を得意とするのは妖怪なら河童や遠野の雨造。しかし、彼らは外の堀で戦っている。京妖怪の水系の妖怪は知らないけれど、まず羽衣狐に刃向う者などいない。
ならば、それ以外の人物。
あたし達の中では知っているのはただ一人。
「やはり秋房の戯言は効く…」
羽衣狐の、ゆらさんの、あたし達の視線の先。
「玉砕覚悟と思わせるにはもってこいだな、秋房のツラは。飽きやすい狐なら…。必ずすぐにこわすと思っていたよ」
立つ場所があったそこには、術を施した状態のゆらさんのお兄さん、竜二さんの姿があった。
「誰だぃ、アイツはァ?」
「竜二さん。ゆらさんのお兄さんだよ」
「へぇ…」
完全に羽衣狐の裏をかいたものだった。竜二さんの術で羽衣狐の動きを封じ、魔魅流さんの雷術で羽衣狐を滅しようとしたけれど、それは失敗に終わってしまったけれど。背後から羽衣狐を滅しようとした魔魅流さんは、羽衣狐の尾に攻撃され吹っ飛ばされたのだ。瓦礫にぶつかり、倒れる魔魅流さん。
「!!魔魅流…」
魔魅流さんの安否を確かめようとした竜二さんだけど、それは羽衣狐によって阻まれた。
「なんじゃ?お前は。妾をだまそうとしたのかえ…?」
首元に鋭く尖った尾っぽが当てられる。
「ウソをつく陰陽師か。今度はお前が楽しませてくれるのか?」
すぐに消すがな、と言外に言っているような羽衣狐に竜二さんは冷や汗も、動揺する素振りも見せなかった。
むしろ、強気だった。
「……何言ってんだ?こっちはお前と闘う気なんて毛頭ないんだが?」
「なに…?」
竜二さんの言葉の意味を理解する前に、羽衣狐に向けて叫ぶ声が。
「羽衣狐様うしろぉぉーーー!!」
自分の下僕である狂骨が、必死な形相でそう言った。振り返り見れば、遠くに見えるそれ。
見覚えのあり過ぎる杭。
「あれは…!」
「中央の地脈に巣食う妖よ。再び京より妖を排除する封印のいしずえとなれ」
杭を見て目を見開く羽衣狐のスキをついて、竜二さんは封印の言霊を口にする。羽衣狐が再び竜二に顔を向け、阻止しようとしたが遅かった。
「滅」
杭が鵺に突き刺さった。
「オレはお前がこちらに気をとられる、一瞬の間がほしかっただけだ…」
したり顔の竜二さん。
京妖怪もあたし達もただその光景を茫然として見ていた。
「まさか…」
「何?」
「うそ?」
「お…陰陽師にヤロー、鵺を封印しやがったのか?」
京妖怪にとっては積年の思いを、宿願を再び阻止された事に対しての絶望。
あたし達は陰陽師によって鵺の誕生を阻止できた事への喜びの期待感が高まった。
けれど…。
「あっぶねぇ」
災厄を呼ぶ妖怪によって事態は一変した。
「…!?土蜘蛛…?!」
鵺に刺さるはずだった杭を、土蜘蛛が間一髪で防いだのだった。
「羽衣狐さんよ。子供から目ェはなすなよ…。母親だろ」
ぶわり、と殺気が膨れ上がった。
「陰…陽師…」
一瞬の出来事だった。尾っぽで床が破壊するまでに叩きつけられた竜二さん。空中へ吊り上げられ、八本の尾が竜二さんに向かってくる。
「竜二さん!!」
避ける事も、逃げる事も出来ない。けれど、思わず名前を呼ぶ。悔しそうな笑みを浮かべる竜二さんを見て、顔が青ざめた。
まるでスローモーションのように見えた。
「だめ、やめてェ!!」
羽衣狐の尾の間から無数の武器が現れた。
「!」
畏を纏い、竜二さんに向けられた攻撃を防いだのだった。
「っ…」
その光景にただただ言葉を失った。
「貴様…」
「……逢いたかったぜ、羽衣狐」
「リク、オ…」
ついに、二人が顔を合わせたのだった。
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