▼ 妖なら
リクオを筆頭に奴良組百鬼夜行は弐條城の回廊を走っていた。羽衣狐の出産に時間はほぼないようなもの。鬼気迫るものを感じながら、リクオはただ前を見て走る。
その時だった。
「!!」
前方からとてつもない妖気と殺気が混在した存在がリクオの前へ立ちはだかった。その者からの剣撃を祢々切丸で防いだ。剣圧に押され、リクオとその者どちらとも後退した。
「また会ったな、小僧」
「お前は…遠野で会った…」
リクオは覚えていた。遠野で修行を積んでいたあの日、不意打ちの襲撃を仕掛けてきた京妖怪。
名を、鬼童丸。
千年前から京の都に住みつき、羽衣狐の部下としてつき従えてきた鬼の眷属。老いた姿とは反し、目に留まる事の出来ない神速の剣技を繰り広げる。
そんな京妖怪がとうとうリクオの前に現れた。
「(リクオ…)」
あたしだって戦える。鬼童丸の部下だろう鬼達と戦う事になっても足手纏いにはならない。そう思っているんだけど…。
「どーしてもお父さんと神無はあたしに戦わせたくないみたいだね」
「悪ぃな」
「私は緋真様を守る義務がございますので」
「…そんなに弱くないし」
土蜘蛛の事は置いといて、京妖怪の雑魚なら倒す事出来るから。そんな弱いみたいな言い方しないでよね。
「まぁ、お前は後で思う存分暴れろ。今は、リクオを、弟を見守ってやれ」
「……」
お父さんは刀に置いている手を離す事ないまま、あたしにそう言った。何を考えているかはイマイチ分からないけれど、お父さんが思っている事は少しは分かる。リクオがまだ足りないものがあるってことを。
「…仕方ないから見守ってあげる。リクオのお姉ちゃんだから」
「ハハッ、流石だな。緋真は」
ぐしゃぐしゃ、とお父さんはあたしの頭を撫でて笑う。殺気じみた雰囲気とは違うお父さんにあたしもついつい笑った。
「ふむ…。しかしここまでよう辿り着いた。だが貴様の祖父のようにここから先へ通すわけにはいかん…!!」
ビリビリと感じる鬼童丸の畏れに皆が構えた。リクオも指先一つの動きに見落とさないように鬼童丸を睨み見据えた。
「おぬしに、京妖怪の宿願を阻む大義があるとはとても見えんな」
京妖怪千年の宿願を―――!!
鬼童丸が思い返すのは今から千年前の京の都での出来事。母、信田の狐。人の寿命という儚さ。人と妖の共生の世界。欲に満ちた人間の醜さ。そして、闇が世界を覆う宿願。
語るにはとても長い歳月のあるもの。けれど、私達奴良組にそんな宿願は興味も、大義もない。
「改めて聞こう…。百鬼を率いてどうする?私怨以上の大義があるのか!?」
ユラリ、と鬼童丸の姿勢が変わる。
「貴様も妖なら真の闇の主『鵺』の復活を共に言祝ぐべきだ…。そして我ら京妖怪の下僕となり、理想世界の建設にその身をささげるのだ。したがわぬのならば…、ここで死ね!」
鬼と化した鬼童丸の増大した畏れに、ビリビリと肌を突き刺すような感覚がした。
「緋真様…」
「大丈夫。これくらい、何ともない」
神無が心配してくれる。でも、これくらいで苦しいなんて根を上げるほど弱くない。この先には、もっと膨大な畏れを持った妖怪達が居るんだから。
「なるほど。闇が人の上に立つ…。確かに面白そうな話じゃねぇか。オレも妖怪だ…、血がうずく」
「!?」
「リクオ様!?」
まるで賛同するかのような言葉に氷麗や首無たちは驚きの表情を浮かべた。不安そうに見守るけれど、私は何故だろう、心配も不安も、驚きも感じなかった。
「ほう……。ならばなぜしたがわぬ?」
「簡単さ」
刀の持ち手を変え、リクオは剣の切っ先を鬼童丸に向けて言った。
「妖怪は悪……。確かにそうだ。人間相手に悪行三昧…、人から畏れられる存在…。ただよ。それでもオメーらとは違うんだ」
「なに…」
ぶわり、と鬼童丸に負けない畏れをリクオも発動した。
「てめーらみてぇに人間のモンふみつけにして人の上に立つってのはよ。オレの理想とはかけはなれてる。妖の主ならよ。人間にゃ畏を魅せつけてやんなきゃあな」
そう。それでこそ、奴良組の代紋である『畏』となるのだから。
お父さんも同じように鬼童丸にそう言うのだろう。小さな笑い声が聞こえた。
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