▼ 産気づく
土蜘蛛がリクオに倒された同時刻。京都の中心街に位置する弐條の城の地下。衣服を脱ぎ、生き胆を食らう羽衣狐とそれを見守る狂骨の姿があった。
「…さわがしいな。どうした?」
地響きが聞こえたのだろう。羽衣狐は真剣な表情で狂骨に言えば彼女は「見てまいります」と返答し、上へ向かおうと歩を進めた。同時だった。
「それにはおよばんよ。土蜘蛛がまっぷたつになったんじゃ」
「!」
この場におるのは羽衣狐と自分のみ。
「何奴!!」
すぐさま髑髏から蛇を使役させ攻撃した狂骨。しかしそれはいとも容易く斬られ倒される。笠を深くかぶり目元が見えないが、声からして歳をとった男。男はにやり、と笑い「ワシの…孫によっての」と言って傘を外した。
「久しぶりじゃのう、羽衣狐」
「…!!貴様は、」
あるはずのない桜が目の前を舞う。羽衣狐の瞳には、二度と顔を見たくないと、狐の呪いをかけた者の若かりし姿が写された。
「そうじゃ。四百年前、おぬしを…斬った男じゃ」
「ヤクザ者…ぬらりひょん!」
嫌悪感を隠さない羽衣狐を前に、ぬらりひょんは歩み寄る。
「おーおー。ずいぶんと、」
「!」
「若々しい姿になりよったのう」
若かりし頃の姿から年老いた姿に変わった光景に羽衣狐は眉をしかめた。
「…………」
「四百年前よりもピッチピチじゃのう。ここが産卵場所かい?」
「…なんじゃ。おまえずいぶん老いたのう…」
息を止めてしまうかのような重苦しい空気の中、二人は動いた。先に攻撃を仕掛けたのは羽衣狐からだった。自慢の尾をぬらりひょんに向けて総攻撃する。一本の尾がぬらりひょんを射止めたかと思えば、それは幻影。ぬらりひょんの御業“鏡花水月”。姿を見失ったと辺りを見渡す羽衣狐の背後で、タンッタンッと岩を蹴る音が。それを頼りに、再び尾を振るう羽衣狐。しかしぬらりひょんはすべて攻撃をかわし、羽衣狐へと近づいた。その手に刀を持ち、羽衣狐を追いつめる。
「てめぇがうちの孫娘を殺したのかい」
羽衣狐を睨む鋭い眼光。怒りを抑え込んだような声での問いかけ。無言かつ無表情だった羽衣狐だが、ゆるりと目を細めた。
「だとしたら、どーだと言うのだ?」
その言葉にぬらりひょんは羽衣狐から離れる。尾で身体を隠すようにし、羽衣狐は笑い言う。
「闇が再びこの世を支配する。われらの宿願が果たされるまでもうすぐじゃ。その前ではそのような些事…どうでもよかろう?」
ぺろり、と舐めて笑みを浮かべる羽衣狐。
「まぁーだ、そんなこと言ってんのかい…」
呆れたようにぬらりひょんは言った。刀を構えるのをやめ、肩に置く。
「まぁあんたに会って確かめたかったんじゃが…、よーうわかったわ。奴良組と京妖怪らとはやはり相容れんようじゃ」
チン、と音を立てて刀を仕舞ったぬらりひょんに、羽衣狐は挑発する。
「どうした?やらんのか?」
「悪いがワシはもう老いた。あんたを相手するのはちぃとばかりキツい。だが、」
緋真のケジメ…てめぇの野望ごとワシの若頭がとりにくるからな。
その言葉の裏には絶対的な信頼が存在していた。
「覚悟しとくんじゃな」
「…生きてここから帰れると思うたか?ぬらりひょん」
「思うとるよ、羽衣狐」
その時だった。
ドクンッ
「!?」
「う…は…はっ。お、おぅ」
羽衣狐が喚き出したのだ。お腹に手を抑え、我慢するかのように。ふいに、声が聞こえた。
“…母上。母上様…”
子が母を呼ぶ声。
“母上様…早く…出たいです”
「おぉ…おぉ…おぉ…」
“もっと…もっとほしいです。血肉が、血肉がほしいです。妖の上に、人の上に立つのに、こんな姿のままでは出るに出られません”
その膨大な畏れにぬらりひょんは冷や汗を掻く。本能が告げていた。
このままではまずい、と。
「もうすぐじゃ清明…。かわいい…わが子よ」
prev /
next