影と日の恋綴り | ナノ
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 鵺の正体

リクオと土蜘蛛が戦い、牛鬼おじ様に連れて行かれて三日が経った。この参日間、京都中のいたるところで畏のぶつかり合いが起きているのが肌で感じ取れた。解かれた七つの封印のうち三つが再び封印されたけど、まだ第一の封印の弐條城までは遠い。
リクオ、大丈夫かな。怪我してないかな。ううん、リクオだけじゃない。氷麗だって怪我してる。首無や毛倡妓も、茨木童子や鬼道丸と戦っていたんだ。怪我をしているに決まってる。

「…リクオ達の事、そんなに心配か?」
「!」

もの思いにふけっているとそうお父さんに訊かれた。さっきとはまるで違って、優しい瞳で聞いてきたお父さん。口に出すのを躊躇してしまい、コクリと首を縦に振った。すると、あたしの気持ちを酌み取ってくれたのか「そうだよな」と言って優しく頭を撫でた。

「目の前で、あんな光景を見ちまったらそら心配か」
「…本当は、ね」
「ん?」

言わなくてもいい事を、お父さんには言ってしまう。

「あの時、何かが近づいてくるのが分かってたの。一瞬だったから、気のせいだと思ってた。…でも、それは勘違いだった。…あたしが、言ってたら…」
「……」
「リクオや皆が弱いって思ってるわけじゃない。でも、たった一瞬感じただけであたしは畏れてしてまった。…得体のしれないその恐怖に、あたしは…」

たられば、の話じゃないことは分かってる。それでも、やっぱり考えてしまう。あの時こうしていれば、ああしていれば。ずっとそんな仮の話を頭に浮かべてしまう。

「あたしが此処に居るのは何なのか。それが時々分からなくなっちゃう」
「緋真…」

あたしは今までいったい何をしていたのだろうか。自分の力で、土蜘蛛や京妖怪の幹部たちを倒せるとは思っていない。そんな強いわけじゃない。せいぜい雑魚妖怪を倒すくらいの力しかない。でも、それでもあたしには出来る事はあるのは分かってる。使わないでほしいと思われてるけれど、あたしのこの力は何のためにあるというんだ。皆の傷を癒すためだ。大切な人たちを守る為だ。
それはあの時も、今も、変わらない。

「…緋真も変わったな」
「わっ」

しみじみと呟いたお父さんは少し強めにあたしの頭を撫でる。突然どうしたの?!、と驚いてお父さんを見れば、

「…と、さ…」

真面目な表情なのに、辛そうな、悲しそうな、何かを我慢するかのような色を瞳に宿していた。きゅって、胸が締め付けられるような痛みがあたしを襲う。
なんで、鯉伴様がそんな表情をするの…?
そう言いたいのに、言おうとしたいのに、口は紡いでしまい言葉を発する事は出来なかった。

「なぁに、アイツ等の事は心配するな。リクオもより強くなって、ちゃんと百鬼を引き連れて弐條の城にやって来るからな」
「……うん」

そうだ。だからリクオは強くなろうとしているんだ。それなら信じないでどうするの。姉なら、弟の成長くらい信じなくちゃだめだ。

「…弐條の城。…そこに、羽衣狐はいるの?」
「ああ。…“鵺”を生むためにな」
「“鵺”って、災厄を呼ぶ妖怪…だよね?」
「…ああ」

けどそれはただの二つ名だ。
あたしとお父さんの間に、重苦しい空気が流れる。いわなくても、分かってる。そう言いたいのは、あたしが転生した身だからか。曖昧で覚えてないのは、三度転生し、記憶が増えたから。
ただ、これだけは覚えている。

「ヤツは、人としてこう呼ばれてた。千年前の京の闇を支配した男『安倍清明』ってな」
「!」

ドクリ、と胸が大きく脈打った。

「安倍清明って、平安時代で有名な陰陽師だよね…?」
「…緋真は、安倍清明の母親が狐だって事は知ってるか?」
「え、あ…うん。信田の狐…だっけ?文献で読んだけど…」
「信田の狐…そいつが、安倍清明によって転生妖怪・羽衣狐になったんだ」
「っ…」

そうだ。羽衣狐、信田の狐は戦えない弱い妖怪だった。けど、不老不死の力を欲した人間達が信田の狐を殺してしまい、安倍清明は怒り人間達を滅ぼした。そして、人と妖の共生ではなく妖が上に立つ世界を欲するようになった。

「じゃあ、羽衣狐が産もうとしているのは“安倍清明”って事…だよね…?」
「ああ」

安倍清明が復活してしまえば、人間達が滅ぼされる。この世界の均衡が崩されてしまうという事。
危険で、恐ろしい。
ゾワリ、と寒気がしたその時だった。

「!」
「!?」

不意に爆発のように感じた妖気。地響きも起きたのだろうか、小さな揺れも感じた。
何があったの?
気になるものでその妖気を辿れば、

「…土蜘蛛…?!」

そう。土蜘蛛の妖気が勢いよく衰えていっているのだった。そしてその傍で感じた複数の妖気。その一つに、あたしの可愛い弟の妖気もあった。そこで察した。

「リクオが土蜘蛛を倒したの…?!」
「…どうやら、そうみたいだな」

つまりリクオは牛鬼おじ様との修行を見事終わらせたということ。氷麗を無事に助け出すことが出来たということ。そして、その修行の成果を土蜘蛛相手に発揮することが出来たということ。

「っ…」

良かった。本当に良かった…!嬉しさと喜びが相俟って。涙腺が緩みかける。でも、ここで歓喜してはいけないことは分かってる。

「…それじゃあ、緋真」
「!…お父さん…?」

くるり、とお父さんは私に背を向けた。その時かすかに見えた、ゆるりと上がった口元。その笑みが幼い頃お父さんが皆と出入りに行った時のと重なって見えた。だから分かった。
ああ、お父さんも楽しみにしているんだ。不謹慎かもしれないけどリクオの出入りを。リクオの三代目襲名が決まるその瞬間を。

「俺達も行くぞ」
「…うんっ」

鵺の話を忘れたわけじゃない。でも、リクオが土蜘蛛に勝った事嬉しさが勝っていた。
成長したリクオの姿をこの目に写したい。
その想いが強くて、お父さんに言われあたしはその背中を追った。

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