影と日の恋綴り | ナノ
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 悪夢

「なんじゃ。“孫”は二人もいたのか」

ぽっかりと闇夜に浮かぶ白い月。
怪しく吹き荒れる風に舞う桜吹雪。
静かで不気味な場所で幼きリクオは少女と対峙する。

「決して“子”が成せぬ呪いをかけたはずじゃが?」

リクオを庇うようにして立つのは父。
そしてその辺りに広がる血の海。
父の背中で見えないようにしているが、微かに見えるだらりと落ちた小さな手。
そして大好きな姉が着ていた着物の裾。

「そうか、また人と交じわったのか…。口おしや…、どこまでもよめぬ血よ…」

ゆっくりと少女はリクオに近付いてくる。黒いワンピースを風になびかせ、不気味に歩み寄る。

「ぬらりひょんの…孫か…」

恐怖したリクオの頬に手をおいて彼女は言った。

「しかし決して狐の呪いは消えぬ。血は必ず絶えてもらう。にくきぬらりひょんの地……」

頬に生温いものがべったりとつく。錆びた鉄のような匂いのものが、鼻を掠める。

「リクオ、逃げろおお」

父が叫ぶ。瞬間に交わった刀の音。
目を閉ざしたリクオだが、父の背中から違うものへと変わるのを見て目を丸くした。
父の腕の中で目を閉じた、着物を真っ赤に染めた姉の姿。

逃げて、リクオ…。
逃げるの…。
闇から逃げて…。

頭に響く声に聞き覚えがあった。
しかし考える暇など無く、父に手を引かれてその場を去って行く。
少女はまだいた。

「(誰?)」

振り向き見れば、嗤う少女の背後に見える複数の影。

「(お姉ちゃんを刺したのは、誰?)」

真っ暗闇の中、いつのまにかリクオは一人で走っていた。一本の筋の上を走っているその先には、喪服姿の母が。
母の前には一つの墓石があった。

「(誰?お母さんを、かなしませてるのは――誰?)」

刹那、背後から這いずるように感じた強大な妖気。振り返り仰ぎ見れば、鬼の面。
リクオは見覚えがあった。
考えるよりも先に身体が動いていた。

「土蜘蛛ぉおおおおっ」

妖怪へと姿を変え、刃を手に土蜘蛛へ向かった。土蜘蛛の拳を躱し、懐へ。
リクオはぬらりひょんの血を継ぐ者。
ぬらりひょんの能力は、認識をズラして恐れを断つ。
刀を振りかざし、捉える。
しかし、

「(届かない)」

刃の切っ先が桜の花びらとなって散っていく。

「(なんで、かわしてかわして…ふところに入りこむ)」

目の前に桜の花びらが舞う。

「(刃をふりぬいても、こいつには何も届かない)」

刀から自身の身体までも桜の花びらとなって、自分自身が消えていく。

「なんで届かないんだよ。なんで…なんでだよ?!」

視界が真っ黒に染め上がった。






京都のあちらこちらで妖気がぶつかり合う。先ほどまでの戦いからそんなに経ってないのというのに。思わず重たいため息を零してしまった。土蜘蛛に重傷を負わされたわけでもないけど、もともと非力だからか瓦礫の下敷きになっただけでも身体が酷く痛い。治癒の力は自分の身体には通用しないから難儀なもの。別に使いたいわけではないけれども。
掠り傷をあちらこちらに負っている自分の腕を見、そのあとあたしの前を歩いているお父さんを見やる。

「ねぇ、お父さん。何処へ向かってるの?」
「言っただろう?ただ散歩するだけだって。別に行き先なんざ決めてねぇよ」
「…それならあたし、行きたいところがある」

あたしの言葉にお父さんの足は止まった。自然にあたしの足も止まり、あたしとお父さんの間には僅かな距離が生まれる。お父さんは静かに「何処に行きてぇんだ」と訊いてきた。きっとお父さんは怒るだろう、止めるだろうと想定しながらもあたしは言った。

「相剋寺」

瞬間に身の毛がよだつほどの畏れがお父さんから放たれた。びくりと肩を動かしたあたしは確実にお父さんを畏れてしまった。

「一人で行こうとしてんのか?」
「っ…」

空気が重い。ピリピリと肌を刺すような気に、冷や汗が背中を伝う。何か言わなくちゃいけないのに、口が上手く動かせない。

「完璧でもねぇ、四分の一しかぬらりひょんの血を継いでいるお前ェが、たった一人で相剋寺へ行って何が出来るんだ?」
「一人でできるって、思ってないよ」

お父さんに自然とそんな言葉を出すことが出来た。お父さんは相変わらず片目を伏してあたしを見てるけど、あたしはそれどころじゃない。お父さんの畏れに上手い具合に考える事が出来なくて、今とても必死。

「あたしやリクオは確かに四分の一しか妖怪の血は流れてない。妖怪に出来る事だって限りがある。反対に、人間に出来る事だってあるってことだよ。皆の力を貸してもらわないと、あたしは当然無理だし、リクオだって土蜘蛛や羽衣狐にも勝てることなんて出来ないと思うよ」

人間を捨てろ、とたしかに牛鬼おじ様は言った。でも、人間にしか出来ない事だってある。妖怪のほうに全てを頼っちゃ駄目。
自分は二つの力を持っているって、リクオには気付いてほしい。

「だいたい、リクオは全部一人で片をつけようとするのがいけないのよ!まるであたしや氷麗たちを信用してないみたいじゃない!」
「ぷっ…い、今の言い方…若菜そっくりだな」

お父さん、笑うところ可笑しいよ。
腹を抱えて笑うお父さんに、あたしは冷めた目を送ったのは仕方ないと思う。

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