▼ 一時撤退
茨木童子・鬼道丸との戦いはそう長引かせるわけにはいかなかった。
「!」
「むぅ…!」
目の前に襲い掛かる無数の刀身。間合いをつめるのが得意なようで、次から次へと攻撃を繰り広げる鬼道丸。
けど、そう簡単にやられはしない。
「神隠し・朧」
羽織っている薄い衣を自在に操り、鬼道丸の剣技を回避する。
その姿はまるで舞うかのように。
ひらりひらりと舞い踊る私に鬼道丸は翻弄される。右へ左へと回避する私に嫌気がさし、さらに剣技の速度を速める。あまり衣を汚したくないという事もあり、一度私は距離をあける。
そして待機していた彼にこそりと告げる。
「陰陽師娘のお兄さん、そろそろ」
「ああ」
逃げる準備は整えたようで、黒田坊に声を掛けようとした。
その時だった。
「!」
鬼道丸が私達に向かって掛けてきた。まさか先ほどの話が聞こえたのだろうか、と思ったが違った。
彼が狙っているのは私ではなくて。
「っ危ない!!」
竜二さんだった。
朧で回避する事が出来るけれど、鬼道丸の剣技の速度は身をもって知っている。だから、完全に回避する事は不可能だった。
彼を助けるべくした行動は、
「うっ…」
「!」
自分が庇うことだった。
掠り傷程度で済んだ事が幸いだったが、最後の最後にやらかす自分に呆れてしまう。
ああ、この着物は緋真様が綺麗と褒めて下さったものなのに…。
「神無!」
「っ、大丈夫よ。それよりも、黒」
「ああ」
黒田坊もこちらへ来たことで、手筈通りに進められる。京妖怪がこちらへじりじり追い詰めようとしているが、ここでやられるわけにもいかない。
互いに対峙していた京妖怪達から離れるように後退した私と黒田坊。その傍には花開院家の者二人が。
彼と目が合い、互いに頷き合う。すると、彼は懐から新たに竹筒を取り出し地へと撒く。途端に、水は水蒸気となり辺り一面の視界が白に遮られた。
「“神隠し”」
一瞬の隙を突き、私は黒達を空間の狭間を通って龍炎寺を後にした。
「どこ行きやがったあいつら」
「行くぞ、茨木童子…。いつまでもかまってられん」
遠くで聞こえた二人の言葉。私達を追うのを諦めたという事は、本来の目的である生き胆を集めに行ったのか…。それとも羽衣狐の元へ向かったか…。
どちらにしても、疲れる相手ね…。
「フン…。こっちこそいつまでも相手してられるかよ。やれやれな相手だぜ。できれば回避だな」
竜二さんも思っていたようで独り言をぼやいた。すると、もう一人の陰陽師の青年が竜二さんに声を掛けた。
「竜二、もう少しで勝てた」
「…だったらさっさと滅しろ」
「竜二の命令がなかった」
「………。やれやれ…。困ったデカイ赤ん坊だ…」
二人の会話をよそに、私は黒と話を進めた。
「いったん合流すべきかしら」
「そうだな。深追いは棄権だからな」
「そうね…、っ」
ズキリ、と感じた鈍い痛み。見てみれば、着物を破かれ深い切り傷が。
先の鬼道丸の攻撃の傷が悪化してしまったのか…。
「…」
あの斬撃を簡単に躱せる事が出来なくなってしまった自分の落ち度にため息を零す。緋真様の側近として仕えたが、こうも身体が鈍いようでは万が一の事があればただの木偶の棒になってしまう。
後で簡単に怪我を治そうと思ったその時だった。
「おい神隠し」
「!」
竜二さんに突拍子も無く声を掛けられた。驚き、慌てて反応すると、彼に突然何かを投げ渡された。
それは私が彼に渡したものだった、
「ほう、たい…」
包帯と痛み止めの塗り薬だった。
「あれくらいの攻撃、どうってことないんだよ。なのに勝手に庇いやがって…」
ぶつぶつ言う竜二さんに私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。
「いいか。これは土蜘蛛の時の借りを返しただけだからな」
念を押し続ける竜二さんに私はクスリと笑ってしまった。
土蜘蛛で助けた事を借りだと思っていたなんて、考えもしなかった。身体が咄嗟に動いてしまった、なんて事が余計に言えなくなったではないか。
「借りもなにも、私は何の事かさっぱり」
「…神隠しよ。お前は俺に喧嘩を売ってるのか?」
「いいえ?そんなつもりは一寸もありませぬよ」
青筋を立てて怒りの表情になる竜二さんに私は白々しい表情でかわす。それがまた煽りとなってしまい、身体全体で竜二さんが怒りを抱いているのが分かった。
「さぁ黒田坊。首無たちと合流しましょ」
「……」
それをさらに無視し、私は黒田坊に声を掛けて先に歩き始めた。背後で竜二さんが文句か何かを言っているけれど聞こえないふり。
「で?どうやって行くつもりだ?」
しびれを切らしたのか、関わろうとしなかった黒が私に尋ねた。その問いにクスリと笑い、身に纏う札を一枚取り、口に咥えた。
「神隠し・遊空」
瞬間、私達はその場から風のように消えたのだった。
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