▼ 茨木童子の卒塔婆
首無は自分と毛倡妓が優勢だと確信していた。自分は弱い妖怪で、一人では生きていけない存在だと再認識された。そんな自分を彼女はずっと傍で支えてきてくれた。
今なら、負ける気が全くしなかった。
そう思っていたはずだった。
「――墓場になる。なぁ親父ィィーッ」
自分達を覆い尽くすように襲ってきた禍々しい畏れと殺気。反射的に振り返り見れば、自分達が倒したと思っていたはずの京妖怪・茨木童子が立ち上がっていた。そして、さきほど首無の技によって破壊された卒塔婆が外れ、中から覗かせたのは鬼の面。
「首無!?何アレ…?」
茨木童子の混淆となった顔に動揺する毛倡妓。警戒する二人と違い、茨木童子の部下であろう鬼たちは後ずさる。
「い…茨木童子様の…」
「…卒塔婆が、外れてしまった」
ボロボロ、バキバキと音を立てて壊れ地に落ちる木の破片。それに比例し、膨れ上がる禍々しい妖気。
「一緒にいこうぜ。わかってる…わかってるよ親父…。血ぃ吸いてぇよなぁ〜」
じわじわと徐々に迫ってくる彼の狂気。
「そうだよ。暴れてぇよなぁ〜〜」
茨木童子の変貌に首無は眉をよせる。
「なんだこいつ…?」
「首無!!くるよ!!」
警戒していた毛倡妓が声を掛けたその瞬間だった。
「斬りきざまれろ」
二刀が鋏となり、首無へ伸ばされた。
ゴバァッ!!
瞬時に黒弦で防いだおかげか、首無に攻撃は来なかったがその衝撃波が桂離宮の建物を破壊する。それだけでなく、首無の足元一歩前で深い溝が生まれていた。
思わず目を疑った首無に茨木童子は容赦なく第二撃を与えた。
「逃がさねぇ。“鬼太鼓・乱れ打ち”」
先ほどの“鬼發・鬼太鼓”よりも威力・速さとも上がった攻撃。躱しきれないと判断した毛倡妓が首無を自身の髪で避難しようとする。しかし、
「邪魔だ」
彼の技“鬼太鼓桴・仏斬鋏”により首無を捕えた髪が無残にも切り離された。首無、毛倡妓双方がしまったと、戦慄が走った。次の瞬間、首無の身体が斬りきざまれた。
「鬼太鼓桴・仏斬鋏」
目の前で紅く染まりかける首無に、茨木童子はゾクゾクと一種の快楽を得る。
「もっとオレに…お前の血ヘドを魅せろ」
「ガッ…」
先ほど自分達が優勢だと思っていた首無は、本気の力を魅せた茨木童子に驚きを隠せなかった。口端から零れる赤い液体に、拭う力も暇もない。その姿に毛倡妓が思わず助けようと手を、自身の髪を操る。
「え…」
はずなのに、自分の身体に感じる違和感。突き通され、自身から見える刀身。身体の痛みと、脳への通達が連携していないまま、彼女は地に伏せた。
「生き胆が届かぬからと、来てみれば…」
毛倡妓の背後に立つその男。
「こんな奴らを相手に何をしている」
「だまってろ。今からかたづけるんだよ、鬼道丸」
羽衣狐率いる京妖怪幹部の一人、鬼道丸だった。
「首無…。ゴメ…ン…」
刀が抜かれ、倒れた毛倡妓は油断してしまった事に対し、途切れ途切れに首無に謝った。
「紀乃ー!!」
思わず人であった名を呼び叫んだ首無。
「すぐ終わる」
非情にも、茨木童子は首無を今度こそ仕留めようと刀を持ち上げた。その視界の端に見えた、大きなそれ。
「!?」
首無が目に捉えたと同時に、枯山水に拡散した妖怪達の骸と共に埋め込まれた大きな木の杭。
皆の視線がその杭に集中する中、首無は見覚えのあるものとして認識していた。
そう、これは第八の封印場所である伏目稲荷神社で見た陰陽師が施したものと同じもの。
「……!」
鬼道丸がすかさずそれに触れようとするが、激しい電気と共に弾かれる。
「…な…、なんだと……」
鬼道丸達にも見覚えのあるもので、すでに一足遅かったのが伺える。悔しそうにする京妖怪の前に、彼は静かに言った。
「ムダやで。封印してもうたら君らでは解くことはできん。京妖怪の中では羽衣狐しかな…。奴良組の妖怪クン!ごくろーさん」
十四代目花開院家陰陽師花開院秀元は続けた。
「八・七・六と、これで封印は三つ。な…ゆらちゃん、言うたやろ。奴等は二條城を落としたら…守勢に回るって!!」
癪に障るその言い方に鬼道丸と茨木童子は怒りに顔を赤く染める。
「またお前か、秀元…!!」
動じることなく、恐れる事なく、ただ平然とする秀元。その態度にまた、怒りが増す。
「いまいましい芦屋道満の一族め…!!我ら鬼の眷属の手で塵にしてくれる…!!」
抜刀する体勢に入った鬼道丸に対し秀元は飄々とした態度で、傍で立つゆらに言った。
「やって…どうする、ゆらちゃん」
「……」
秀元に言われ、ずっと黙っていたゆらは、
「や、やれるもんならやってみぃ……!!人間をなめんな!!返りうちにしたる!!」
と、式神を手に京妖怪に喧嘩を売ったのだった。背後で「そうそうよくできました」と抑揚がなく秀元の褒め言葉を貰いながら。
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